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最古の「哺乳瓶」

ヨーロッパでは、約9千年前に新石器時代が始まりす。それまでは狩猟採集によって食物を得ていたのが、農耕や牧畜によって農作物や家畜から食物を得る、というように人びとの生活スタイルが変化します。これにともなって、興味深い遺物が出土するようになります。それは、注ぎ口のついた小型の土器です。10 cm程度の直径で手のひらにすっぽり収まり、ものによっては動物の形をしていたりします*1。

紀元前1400-1300年のギリシャから出土した注ぎ口つき土器|The British Museumのフォトギャラリーより転載(CC BY-NC-SA)

この注ぎ口つき土器については、これまで、病気になって流動食しか受けつけなくなった大人に食べ物を与えるのに使われていたのではないか、乳幼児に離乳食を与えるのに使われていたのではないか、といった推測がなされてきましたが、本当のところはよくわかっていませんでした。

今回紹介する研究では、土器に付着して現代まで残った脂質を分析することで、この注ぎ口つき土器が、乳幼児に動物の乳を与えるのに使われていたのではないかということが示唆されました*2。

約3千年前の「哺乳瓶」

Dunne博士たちの研究グループは、約3千年前のドイツの遺跡から出土した3点の注ぎ口つき土器を分析しました*2。このうち2点は、鉄器時代 (800-450 BC) の1歳児の墓からみつかったもので、1点は青銅器時代 (1200-800 BC) の1-2歳児の墓からみつかったものです。乳幼児の墓に一緒に埋葬されていたものであることから、小さい子供のために使われていた土器であったことが推測されます。

土器の内部に付着していた脂質が分析されたところ、まず残存濃度が高く、脂質に富む物質が入れられていたことがわかりました。次に、その分子特性が詳しく調べられたところ、反芻動物の乳製品や、生乳に特徴的な結果が得られました。つまり、これらの注ぎ口つき容器には、ウシ、ヒツジ、ヤギなどの乳が入れられていたのです。

これらの結果から、注ぎ口つき土器は、乳幼児に動物の乳を与える「哺乳瓶」として使われていた可能性が支持されました。新石器時代には、それ以前と比べて出生率と死亡率が増加することがわかっています。人工乳などを与えて、ヒトの母乳で育てる時期を短縮させると、母親の排卵再開がそのぶん早まり、出産間隔が短縮して、出生率が増加することがわかっています (参考: おっぱいの避妊効果の今昔)。ただし、動物の乳はヒトの乳に比べて免疫物質の濃度が低く、不衛生な環境で与えられると乳幼児に下痢や感染をもたらし、死亡率を増加させます。「哺乳瓶」の存在は、新石器時代に見られたヒトの生き死にの変化と整合的です。

最古の哺乳瓶は?

今回紹介した研究で「哺乳瓶」として使われていたことが示唆されたのは約3千年前のものですが、現在みつかっている注ぎ口つき土器の古いもの (5500-4800 BC) は新石器時代の初期の約7千年前にさかのぼります。こうしたもっと古いものも「哺乳瓶」として使われていたかどうかを知るためには、将来の研究を待たねばなりません。ですが、今回の研究によって、もっと古い注ぎ口つき土器も「哺乳瓶」として使われていてもおかしくはないことがわかりました。

(執筆者: ぬかづき)

*1 以下の紹介記事から、注ぎ口つき土器の形や、レプリカを使って赤ちゃんに乳を飲ませている様子を見ることができます。

Bronze Age Baby Bottles Reveal How Some Ancient Infants Were Fed | Smithsonian Magazine

What was in prehistoric baby bottles? Now we know. | National Geographic


*2 Dunne J, Rebay-Salisbury K, Salisbury RB, Frisch A, Walton-Doyle C, Evershed RP. 2019. Milk of ruminants in ceramic baby bottles from prehistoric child graves. Nature 574:246–248.


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