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チベットのデニソワ人

シベリアのアルタイ山脈にあるデニソワ洞窟から、これまで知られていなかった未知の人類の骨が発見されたという研究結果が2010年に報告され*1、大きな話題になりました。デニソワ人と名付けられたこの人類に関しては、その形態よりも遺伝情報のほうがよくわかっており、ネアンデルタール人に近縁であることが明らかにされています。デニソワ人については、これまでに指の骨や歯などの小さな部位しか報告されておらず、遺伝情報からは新種であることが確認されたものの、どのような姿かたちをしていたかが謎に包まれているのです。

デニソワ人に由来する遺伝情報は、東南アジア、オーストラリア、メラネシアなどの現代人のゲノムのなかに受け継がれています。そのため、われわれホモ・サピエンスがアジアに広がっていく過程で、デニソワ人との交配があったと考えられています。アジアに広がったホモ・サピエンスと交配できたということは、デニソワ人はシベリア以外のアジアの比較的広い範囲に暮らしていたということになります。しかし、デニソワ人の骨はデニソワ洞窟以外の場所からみつかっておらず、その分布は謎に包まれていました。

チベットからデニソワ人がみつかる

Chen博士たちが2019年5月に発表した研究では、チベットの洞窟から発見されていた下顎骨がデニソワ人のものだったことが報告されています *2。この下顎骨はもともと、1980年にチベットの僧侶によって洞窟内で発見され、聖なる骨として高僧に寄贈されていたものでした。高僧は、下顎骨を蘭州大学の研究者に見せて相談しましたが、明らかにホモ・サピエンスのものでもなく、アジアには存在していないはずのネアンデルタール人に似た形態が奇妙で、論文などに報告されることのないまま、長らく保管されたままになっていました *3 *4。

今回の研究により、発見から約40年経ってやっと、この下顎骨の正体が確かめられました。下顎骨の底についていた炭酸塩のかたまりをウラン年代測定した結果、16万年前という結果が得られました。DNAは、おそらく分解されており、分析できませんでした。しかし、歯にはコラーゲンなどのタンパク質がわずかに残っており、そのアミノ酸配列を比較することで、この下顎骨がデニソワ人のものであることがわかりました。

下顎骨や歯の形態は祖先的で、ネアンデルタール人よりは、ホモ・エレクトスなどのより古い化石人類に似ていました。デニソワ人の骨形態はこれまでほとんどわかっていなかったため、この研究によって明らかになった情報には大きな価値があります。

おわりに

40年前には下顎骨の正体は不明でしたが、科学的な知見の蓄積と最新の分析手法により、非常に重要な標本であることが現代になってわかりました。中国からは、ホモ・サピエンスのものではなく、ネアンデルタール人との類似が指摘されている人類化石がいくつもみつかっているそうです。そうした標本に同様の分析を適用すれば、アジアにおける人類の進化についてより詳細な知見が得られるかもしれません。


(執筆者: ぬかづき)

*1 Krause J, Fu Q, Good JM, Viola B, Shunkov MV, Derevianko AP, Pääbo S. 2010. The complete mtDNA genome of an unknown hominin from Southern Siberia. Nature 464:894–897.
デニソワ人については以下National Geographic誌の解説記事などがあります。
少女の両親は、ネアンデルタール人とデニソワ人 | National Geographic

*2 Chen F, Welker F, Shen C-C, Bailey SE, Bergmann I, Davis S, Xia H, Wang H, Fischer R, Freidline SE, Yu T-L, Skinner MM, Stelzer S, Dong G, Fu Q, Dong G, Wang J, Zhang D, Hublin J-J. 2019. A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau. Nature 569:409–412.

*3 First fossil jaw of Denisovans finally puts a face on elusive human relatives | Science

*4 Denisovans in Tibet | Nature Research Ecology & Evolution Community


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