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カウンセリングで学んだこと【本音を言う難しさと想像以上の受けたキズ】

 少し前まではカウンセリングや認知行動療法を受けるエネルギーもなかったのですが、この春から「ちゃんと変わらないといけない」と叱咤して、「生きやすい性格や思考ができる」ようになりたいとカウンセリングを受けることを決めました。
 そこで今までのものを振り返って思うことを箇条書きでまとめました。


⚫︎人前で本音が話せない、そもそも分からない

 まずこれが最初にぶち当たった壁でした。「なにを話せばいいのか分からない」「自分が今どう感じているのか分からない」「感情より先に『適切な回答』が出てきてしまう」などと、どうすればいいねんと自分でも思ってしまう状況でした。
 「先生はなにを聞きたいんだろう」「私はなにを伝えるべきだろう」と無意識に探りまくり、自分の感情を把握することすらできませんでした。

 ここで先生がおっしゃった「ここはジャッジする場じゃないから安心して」という言葉がすっと心に沁みました(もちろん少しずつ先生とお話しした結果、核心を突いてくださったものでした)。

 私は常に「相手に対して適切な言動をしなければならない」という思考でいました。だから自分の意見や感情など二の次で、しかも選んだ言動が適切だったかを相手の反応から徹底的に探り、少しでもミスをしている可能性があれば不安になるという状態でした。先生に対しても「要領を得ない話をする患者だな、と思われていないか」などと不安に思っていたほどです。

 その後色んな話を重ね、先生から「このカウンセリングが本音を話す練習になれば」と言ってもらえたこともあり、最近はやっと素直に話せるようになりました。
 未だに肩に力が入るのはなおっていませんが、当初のガチガチ具合(絶対そのあと頭痛になるレベルの肩こりになってた)と比べるとかなりの成長です。

⚫︎はっきりと自分が受けたキズを理解した

 これが本当に大きいです。今までは漠然と「まぁ最近世間で言われている毒親ってやつだったのかなぁ。そこまで酷くはないから毒親って言うのは言い過ぎなんだろうけど、でも家で形成された性格とか考えは確かにヤバいものが多いしなぁ」という感覚で、ただ「運悪く変な思考回路になってしまった」と思っていました。
 しかし先生と話していくうちに「あれ、確かになんであの時親は助けてくれなかったんだ?」「すでに小学生の頃には親に安心感を覚えなくなっていた気がする」「普通の親はこんなに子どもを頼らないものなの?」と、今まで普通だと思っていた部分から違和感を掘り出せるようになり、想像以上に私は親からキズつけられていたのだと自覚したのです。

 その過程で「私ってこんなに大事にしてもらえてなかったんだ」と泣いてしまいましたし、なんなら「気付きたくなかった」とさえ思ってしまいました。もちろんお金は充分なほど出してもらっていて、食事も美味しく、家事はしなくても勉強に専念できるという有難い環境だったことは間違いありません。しかし、メンタルの部分ではボロボロでした。
 どこかで「記憶が虫食い状態で、今の性格形成に至る重要な部分が抜け落ちているため、自力で矯正するのは難しい」という文言を見たことがありますが、まさにそれでした。

 そうしてやっと私は「親への罪悪感」を捨て、今の性格や思考回路になった原因がなんとなくわかるようになり、そのひとつひとつを「あの家では必要だったかもしれないけど、もうこれからは要らないよ」と選別できるようになりました。


 書き出してみるとなかなか濃いカウンセリングを受けていたんですね……。最近は「こういう風に思ってみたらどうかな?」とおすすめされた思考回路といいますか、私にとっては新しい考え方を生活の中で意識しながらインプットし続けているところです。
 毎回カウンセリング後にメモをとって「次までの課題」とやるあたりに、昔からの真面目さが残っていて笑ってしまいますが、これは自分の良さとして取っておいてもいいかなと思っています。

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