見出し画像

3人目の家族だったラッキーの話

2年前まで犬を飼っていました。
私と娘の二人しかいない家を、
「家族らしく」してくれたのはラッキーでした。

日常というものは日々流れてしまうけれど、
ラッキーは、日常に彩りをたくさんくれました。

そんな思い出を書いてみたいと思います。


大きすぎるミニチュア


ラッキーは「ミニチュアダックスフンド」でした。
ミニチュアダックスは体重5キロ以下を言うようです。

ラッキーは体重が8キロありました。
太り過ぎではなかったと思うのですが(-_-;)

散歩などしていると、知らない人から
「ミニチュア?ダックス、、ですよね?」
と、首を傾げられました。
「はい(ペットショップでは、
ミニチュアダックスと聞いて買いました)。」

これは、ミニチュアなのか?
ミニチュアという名前があるからには、
「スタンダード」も、存在するのか?

そんな疑問が、頭を駆け巡っていたのだと思います。
(聞いていないけど)

たまに大きなダックス、いますよね?
飼い主さんとお互い目を見合わせて、
「ですよね、、」
みたいな(笑)。


空気を読み過ぎる犬


ラッキーは、空気を読み過ぎる犬でした。
もし喋れたら、色々話をしてみたかったです。

娘が高校受験を控えた頃。
英語が全くできないことが分かり、
毎日夕飯のあとに一時間ずつ、
中学一年の基礎から私が教えることにしたのです。
いまさら、だったんですけどね(-_-;)

しかし、
「何でそんなことも分からないの?」
「今まで何やってたの?」
という感情が、先に立ってしまうのです。
最後には必ず、ヒートアップしてしまうのでした。

ラッキーは、日に日に元気をなくしました。

ある日、いつものように娘と私がテーブルに向かい合って座ったとたん
「ん??」
ささーっと、ソファの下に隠れたのでした。
娘の気持ち、そのままだったんですね(笑)。


ラッキーも男だった


ラッキーがいた頃、娘と私で旅行に行くときは、
ラッキーをペットホテルに預けていました。
これが、結構大変でした。

旅支度にスーツケースを取り出すと、
ラッキーがパニックに陥ります。
荷物の中身は準備しつつも、スーツケースは当日の朝に取り出していました。

ペットホテルの、いつもお願いしていた「お兄さん」はとても良い人で、
犬の扱いも慣れている感じでした。
ラッキーはもともと、他の犬とのコミュニケーションが全く取れない犬でした。
ホテル生活は、おそらく苦痛でしかなかったのです。

旅先へ送られてくる「報告」は、
「ご飯をあまり食べてくれません。」
「もう少しだから頑張れ!」と励ましてくれるお兄さん。

普段は、食い意地がとてつもなく張っていたので、
普段からは想像もつかないラッキーの様子。
長期の旅行は出掛けられなかったのでした。

それが、ある時のこと。
いつもの「お兄さん」のホテルがいっぱいで、
別のホテルにお願いしたことがありました。
若くて可愛い、なんとも頼りない女性がお迎えに来たのです。

いつもなら「クゥクゥ」と、この世の終わりの様な声を出していました。
ところがその時は、尻尾を振って嬉しそうに、
その女性に抱きついたのです。

あぜんとする娘と私。。

その時のホテル生活は、とても元気そうでした。
なんだ、そういうことだったのね。
ラッキーは、オス♂でした。


新幹線を走る犬


実家への帰省には、ラッキーを連れて行きました。
帰りの新幹線で、こんなことがありました。
これは、私が悪かったのですけどね(-_-;)

私の足元に、キャリーケースを置いていました。
ラッキーは胴が長く窮屈なので、
ケースの入口を開け、ラッキーは顔だけを出して寝ていました
私はトイレに行きたくなり、ラッキーも寝ているしと、
そのままそっと席を立ちました
娘は、隣で寝ていました。

トイレから戻ると、娘がめちゃくちゃ怒っていました。
「ん??」

ラッキーが私の後を追って走り、知らない男性が捕まえてくれたと。
「車両中の人が見ていた!恥ずかしかった!」と。


実家は大好きだった


以前こちらでも書きました。

帰省の準備をしているとき
ラッキーを持ち運ぶキャリーケースを取り出すと、
ラッキーは、その中に急いで入り出てきません。
「絶対に俺も行く!」
という意思表示でした。

実家へは、片道7時間も掛かります。
ラッキーは、小さい頃はクウクウと泣きましたが、
途中からは一切声を出さず、大人しくしていました。

実家は田舎で、夏は玄関も勝手口のドアも開けっ放しでした。
「あれ、ラッキーどこ行った?」
とつぶやくと、どこからともなく走ってきました。
来ないときは、裏の畑の土の上に寝そべっていました。
ラッキーはとっても楽しそうでした。


気を使う犬


父は「気味が悪いほど」犬好きな人でした(笑)。

父は、あまりコミュニケーションの取れない人でした。
耳が少し遠かったこともあり、
唐突に思いついたことを、大きな声で言います。
私達に言っているのか、ひとりごとなのか??

そんな調子で、いきなり「ラッキー」と呼ぶのです。
そして、やれ座れだの、やれお手だのとラッキーに指示します。

ある日、父が「ラッキー」と呼ぶと、
別の部屋にいたラッキーが、速足で私たちのいたリビングへ来ました。
呼ばれると、条件反射で来るのです。

そしてリビングの入口で、呼んだのが父だと気づく
動きがぴたりと止まりました

「だからやめてよ。ラッキーだってイヤなんだって。構わないでよ。」
私たちがヤンヤと言っていたら
ラッキーは、それはもうほんとうにゆっくりと
スローモーションのように
すごすごと、うなだれながら
それでも父に近づき、父のあぐらの脚の隙間に、ちょこんと入ったのです。

「気い使ったー-(笑)」


犬をも疲れさせた父


実家で、最初は意気揚々としていたラッキー。
しかし、ある日の夜のことでした。

「あれ、ラッキーどこ行った?」
呼んでも出てきません。

あれ、いない。
ほんとにどこかへ行っちゃった?
懐中電灯を持ち出して、ラッキーの名前を呼びながら外を探します。

そうしたら母の声。
「いたー!」

廊下に置かれていた、ラッキーを入れてきたキャリーケースに
じっと身を潜めて、呼んでも出てこなかったのです。

ラッキー、疲れちゃったんだね。
人間が大好きなラッキーさえをも、疲れさせた父(笑)


父が3年前に亡くなり、
翌年ラッキーも天国へ旅立ってしまいました。
今でも涙が出ます。。

娘が、小学生から社会人になるまでの12年間
娘の心の支えになってくれていたことは間違いありません。
ほんとうにありがとう。
ラッキーに会いたいなぁ。

=======================
「50代からの未来をつくる」サービスを展開中
よろしければぽちっとご覧くださいませ。

=======================

※よろしければこちらもどうぞ

この記事が参加している募集

ペットとの暮らし

夏の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?