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ハイボール劇場〜ミナミ編〜

どこへ行ってもハイボール。何を食べる時もハイボール。
わたしがハイボールを飲めるようになったのは、どの居酒屋に行ってもハイボールは置いてあるから。飲み放題にも、なんのウイスキーが入っているのかわからないハイボールが必ず入っているからだった。

甘いお酒は食べ物には合わないし好きではないから、何を食べる時でもハイボールで不便したことはない。気になることといえば「とりあえず生」を人生でまだ言ったことがないことくらいか。

心斎橋パルコの地下に飲み屋が集結しているのが便利でよく行っていた。
その日もパルコにある「すしセンター」という人気のお寿司屋さんに入って、さてここはなんのハイボールがあるかなとメニューを見てみると、レモンサワーや日本酒、焼酎のメニューをひとしきり連ねた紙の隅っこの方に、「ハイボール すしに合わない」と書かれているのを見つけた。
確かに魚には 日本酒や焼酎のほうが合うという情報は知っているけれど、こうも大胆に「すしに合わない」と書かれているのは初めて見た。

店側からこうして突きつけられるのなら仕方ないな、他のお酒でも注文しようかな、
という気には全くならなく、いつも通りハイボールを注文した。そしてしこたま飲んだ。

突出しに出てきたマグロの中落ちで、刺身の盛り合わせで、ヒラメやしまあじのお寿司で、締めの赤だしでも、ハイボールを飲んだ。全部とても美味しかった。

けれど、それ以来海鮮系の居酒屋に行く時は毎回、「ハイボール すしに合わない」という言葉を思い出すようになった。ハイボールもすしも大好きなわたしにとってそれは呪いのような言葉になったのであった。

ある日友達と心斎橋で待ち合わせをしていた。その日はコンカフェに行こうということになっていた。顔の良い人間と話すのにシラフでいられるか、と、友達を待っている間にコンビニでハイボールを一本買って、飲んでいた。
人通りの多い道を避けながら、缶の中身がなくなるまで、と遠回りをしながら歩いていると、前からサッポロ黒ラベルを片手に歩いている一人の外国人男性がきて、いきなり話しかけられた。

いつもならこういう輩は誰であろうとスルーするのだけど、「乾杯!乾杯!」と陽気に缶を突き出してくる姿に、なんだか笑ってしまって、乾杯をしてしまった。

すると、みるからに機嫌が良くなったその外国人は
「あなた、メッチャcool、スバラシイ。僕、イツモ東大教授。今日、travelで来た。アシタ、奈良。」
とハイテンションにカタコトの会話を続けてきた。その勢いに流石に少し引いてしまって苦笑いを返すと、外国人はわたしの持っている缶を指差しながらもう一度「乾杯!」と言ってきた。
不思議と乾杯には応じてしまう。

その乾杯を最後に話を切り上げようかなと、立ち去るそぶりを見せると、外国人はわたしを引き止めて
「ハイボール、オイシイ?」といった。「美味しいよ」とかえすと、大袈裟なくらい渋い顔をしたその外国人が、

「ハイボール、寿司に合ワナイ、好きジャナイ、けど君はcool」と言った。

また出た。「ハイボール すしに合わない」だ。
何が「すしに合わない」だ。

その言葉にもやもやして、外国人東大教授を振り切って歩き出す。
外国人はわたしの背中に向かって「LINE教えて!」と言ってきたけれど教えるわけがない。
ハイボールもすしも、わたしは大好きなのだ。

それからというもの、おすしでハイボールを飲む時には
「ハイボール すしに合ワナイ」というカタコトが頭に浮かぶようになった。

そうか、ハイボールはすしに合わないのか。


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