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笑われ者の生きる道


笑ってみろや。

心の中で何度も叫ぶ。言葉にならない強がりが何になるのだろう。小さな手を潰れるほど握りしめていた。

テレビの中には笑ってもらうことを求めてその身を掲げている人が映る。

笑われるってそんないいものか。私はずっと笑われてきたけど何かが違った。

学校に行っては冷ややかな目線と共に悪意のこもった笑い面を向けられる。

思いやりなんて向けられたことはない。私が何をしたというんだ。人と違う見た目だからって笑われる理由などない。

無視されるよりは何十倍もましだとずっと自分に言い聞かせながら何年も耐え続けている。だからって先生にみんなを叱ってほしくない。笑われなくなったら私という存在をみんなが必要としなくなる。それだけは避けたかった。

みんなと仲良くね。親からやさしさの籠った言葉を聞くたびに裏切られる気持ちになる。初日からそんな状況なんてなかった。私を待ち構えていたのは先生にやさしく迎えてあげようと言われてしょうがなく拍手をしてるそんな猿みたいなやつらだった。拍手の裏に見える顔は初めて見るものに対する驚きと嘲笑うような奇妙な口角の上りだけだった。

前の学校でいじめにあっていたなんて正直に言えないだろう。親は必死に仕事の都合でと押し通して家が学区外にも関わらず今の学校に申し出た。私の姿を見て同情するように一言も否定することなくぜひいらっしゃってくださいと初老のおじさんが告げていた。温かい目線ほど私を馬鹿にしているように思えた。

こんな見た目だから私自身の世界の見え方も歪んでいる。やけに優しく接してくれる人だけじゃなくて他の子と同じように接してくれてる人に対しても同情の言葉を結び付けずにはいられない。

病気であるわけでもないし、デブとけなされるほど太ってもいない、ただ顔が異様なだけ。不謹慎でも何でもいいからいっそのこと病気であってほしいと何度も願った。

先生が繕ったかのように転校先の私に対する関わり方は前の学校よりかは穏やかになった。でも、暴力とか仲間外れといったいわゆるいじめはなくなっても私を笑う顔はなくならなかった。どこへ行っても自分に聞こえないように声を潜めてたまにこちらを見て笑っている。

父が家に戻ると、呑気に缶ビール片手にテレビを見始める。テレビの中では昔の失敗談を揚々と語り笑いにしている姿が映り、父も声をあげて笑っている。真顔でテレビを眺める私に「笑えよ」と強要してくる。乱暴ではない父は決して暴力は振るわないまでも、決して私を良くは思っていない。

入学した頃も他の子をかわいいとかそんな言葉で持て囃していた。私におめでとうの一言もなかった。他の子を見て作った笑顔の余りをこちらに向けてくるだけだった。

桜の木の下で声を掛け合い一切の黒い滲みのない笑顔が満開になっていた。おめでとう。頑張れよ。祝福と未来への期待で胸いっぱいになった親子がひっきりなしに笑い合っている。他の子に向けて作る笑顔を私にも向けてほしかった。

悔しいけれど親に向けられない笑顔を学校の人たちは作ってくれる。どんなに嫌味が潜んでいようともその笑っている姿は私を満たしてくれていた。笑われることは嫌で嫌で仕方ないのに枯れた花が泥水でも取り込むように、汚れていようがどんどん我が身に染み込んでゆく。

どんなに表面上嫌でも笑われなければ生きれない。それが唯一の生命線だから。そうやっていじめという大きな台風に巻き込まれることもなく冷ややかな目で笑われ続けて学校生活を終えた。

学もない私がのうのうと生きていた時に街で自分より変な人に会った。何歳も年上でただの飲んだくれかと思っていたけど一緒にいた人が目上の人に対する口調で話していたから偉い人なんだと思った。

「嬢ちゃん。変な顔してんな、おもろいわ」

私に対して面白いといった人は初めてだった。学校の人は私のことを笑うけどテレビで見る人たちのように面白いから笑っているんじゃなかった。父親は私のことを面白いと言わずに恥じていた。誉め言葉かどうかもわからないけど、うれしかった。

ごめんね。と言った後、脇にいた若い男性が私に興味あったら連絡してと名刺をくれた。

そこから養成所と言われるお笑いの学校に入った。私のいる場所はここなんだと思った。見た目がいけている人も内面がひねくれていたり、セクシーな人でも鼻に100円玉を入れたりしていた。みんな変だった。

そんな中で私も過ごしていると、しっかりとした面白いという基準で笑ったり笑わなかったり心の籠った反応をくれる。テレビの人たちが求めていた笑いはこんなにもキラキラしている。笑われ者ではなくて笑われたい者だらけだった。

お笑いをなめてるわけでもないけど最初は面白そうだと興味本位で入った、でも今では唯一心を満たしてくれた、笑われることが存在するここでしか私の生きる道はない。

笑われ続けてきた私のすべてをぶつけてやるそう心に誓った。

学校で暴力も振るわずに問題にならないとばかりに私を笑いものにしていたずるい奴ら。

テレビに対して、知らない親子に対して笑ってたけど私に笑わなかった父親。

惨めな私に生ぬるい優しさを向けてきた先生たち。

どうぞ気楽にこんな不細工な、異様な私を

笑ってみろや

それが私の糧となり、生きる意味なのだから。



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