見出し画像

ストック人間(ミニマリスト)

 仕事から帰ってきて電気をつけたとき、ふと、キッチンが荒れ果てていることに気がついた。通販サイトで購入し、届いて封を開けたはいいもののそのまま放置したダンボール箱や、潰したダンボール箱、入浴剤の空箱、ウォーターサーバーの水の容器……それらが乱雑に溢れかえっていた。
 いつからこんな状態になっていたのか、分からなかった。それとも、本当は気づいていたにも関わらず、無自覚のうちに目を背けていただけなのだろうか。
 しかしそんなことを考えたところで何の解決にもならない。昔、上司に言われたことだってある。「考えても(悩んでも)解決しないことに時間を使うのは無駄だよ」と。確かにその通りだと、今なら納得できる。けれど若かりし頃の私はその助言を素直に受け取ることができなかった。「あなたが仕事をしてくれないから困ってるんですけど!」などと思っていた。
 とにかく、キッチンの惨状にはひとまず目を背け、その夜は何も考えずに眠った。当然、朝になってもキッチンは荒れ果てたままだった。その光景を見て、溜息が出そうになった。どうしてこんなことに、と思った。思っても、やっぱり仕方のないことだ。出勤直前、テーブルに置きっぱなしにしてあるメモ帳に自分への宣言を書き残した。

 3/30、キッチン片づける!

 きちんと遂行しなければ自分を裏切ることになってしまうから、こうして文字に起こすのは、結構効果的だと思う。
 実際、効果は覿面だった。
 仕事から帰宅した私は洗濯機を回し、食事をとり、洗濯物を干し、少しだけ眠った。それから重い腰を上げ、ひどいキッチンを改めて見渡した。どこから手をつけようか、と悩みそうになるのを強制終了し、手近なダンボール箱の中身を確認するところから始めた。一つの箱にまとめられるものはまとめ、空になったダンボール箱はどんどん潰し、紐で括っていく。その過程で、届いたばかりの箱からマスクが現れた。箱の下敷きになっていたのは、数ヶ月前に届いた箱。その中にも同じマスクが大量に詰まっていた。もうストックがないと思ったから、購入したのに。私は自分自身に落胆しながら、大量のマスクを一つの箱にまとめた。
 私はストック人間だ。洗剤や漂白剤、柔軟剤は各十袋ほど詰め替えを常備してあるし、生理用品やティッシュボックス、トイレットペーパー、トイレの掃除用品、ゴミ袋、ラップ、アルミホイルなんかも数え切れないほどある。シャンプーやトリートメント、石鹸、ボディクリーム、ハンドクリームも、切らして焦ることのないよう、一つか二つは必ず常備しておく。食品だとレトルトのお粥と缶詰、防災用のご飯を一通り揃えてある。
 切らして焦る、を回避するためにストックしているのだから、マスクのストックが増えるのは良いことなんじゃないか、と自分でも思うのだが、それでもショックだったのは、在庫状況を把握できていなかったことだ。完全に把握したつもりでいた。ストックし過ぎて溢れかえるのを防ぐため、いつも一応通販サイトの購入履歴をチェックしてから購入している。今回もちゃんとチェックした。その上で間違えた。そのことに失望したのだった。老化なのか退化なのか、はたまたこれまではそういうミスが起こらなかっただけで、元々の管理能力が低かったのか。
 おそらく再発防止のためには在庫管理表を作成するのが一番良いのだろう。どこに何があるのか一目瞭然とするために、ダンボール箱に貼り紙をするとか。そもそも、ストックを抱えない、とか。
 それは無理だ。私がストックしているのは、あくまでも生活必需品であって、切らしたら困るもの。無駄なものは一つとしてない。だからといって、在庫管理表も貼り紙も、気が進まない。全身が重たい。
 ここまで書いて閃いた。透明のケースを買えばいいんじゃないか? そこに種別ごとに並べていけば、外から一目瞭然なんじゃないか?
 いいや、駄目だ。私はミニマリスト。無駄なものは買いたくない。
 ストック人間の自分とミニマリストの自分はこれまで上手くやってきた。その均衡が、崩れつつある。
 床が見える面積は広ければ広いほど良い。テーブルやソファーには何もない方が良い。だというのに全然駄目だ。キッチンを粗方片づけたら、今度はリビングのテーブルやソファーに置いた本やらノートやらが気になってくるし、寝室に散乱した洗濯物が気になってくる。
 何故こうなるんだろう。ひょっとして自分はミニマリストではないのだろうか。これらは必要最低限の持ち物ではなかったのか?
 悩んでいても解決しない。ここはもう、断捨離するしかない。そんな風にして数年に一度、断捨離大会を行うのだが、次の開催はもうしばらく先になりそうだ。何せ全身が重たいので。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?