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ギンガムチェックと夏を思うよ

暑い…。7月の頭ってこんなに暑かっただろうか。自分の子供時代まで記憶を辿って比較しても、明らかに体感温度が違っている。外に出られないほどの夏は、私が子供の頃は無かったはずだ。ここ数日、放課後になると学校のグラウンドでボールを蹴っていた息子が、熱中症警戒アラートが出たために遊ばずに帰って来る。チャイムに呼ばれて玄関を開けると、肩で息をする息子が、家に入るなりどたっと這いつくばる。拾い上げたランドセルがものすごく熱く、しかもiPadが入っているから重たくて不憫になる。人も動物も植物も、今のままでは順応できないよね。

10年前の同じ季節の頃のことはよく覚えている。臨月を迎えて、前に突き出したお腹を下から支えながら病院まで通った。ここにきて体重が増えがちだった私は、とにかく歩いた方が良いと助産師さんに言われるまま、つば広の麦わら帽子を被って、川沿いの道をのらりのらり歩いた。当時は軽くて着心地が良かったから青と白のギンガムチェックのマタニティドレスばかり着ていた。

今が7月のはじめ。初産だから予定日は遅れるだろうと言われている。それを見越しても月末までに赤ちゃんは出て来ているはずだから、来月はもう身体から離れた赤ちゃんを抱いているのだ。青と白のギンガムが間延びして膨らむお腹をまじまじと見ながら私は恐ろしくなった。
頭の中で7月と8月の間に見えない棒線が一本引かれている。ギンガムは律儀に1日ごとに駒を進め、線の手前にはあるがはっきり何時なのかは分からない「産む」のマスを超える。
眩しいけれどそこまで日差しも強くなく、時折川を吹きあがってくる風に身体が冷やされないよう、薄いカーディガンを羽織った。下をのぞき込むと、今日は水量が少なくて、ときどき亀が頭を出すのが見えた。
「冬生まれだから寒い方が好き、空気も澄んで夜は星も良く見えるから。」暑いのが苦手な理由を人に伝えるときに私が言いがちなこんな台詞に対して、夏生まれになる私の赤ちゃんはどんな風に答えるだろう。

階段の上り下りが一番ですと、これも助産師さんに言われた事を思い出しながら、エレベーターを使わずにマンションの階段を上がった。当時は8階に住んでいたので、4階まできたところで一瞬後悔したが、ちょっと太りすぎですね~と言われた事を思い出して奮起した。血液検査の前の晩にこっそり食べたショートケーキが、検査結果にばちっと反映される。妊娠するまでは食べ物は体形と繋がるイメージだったのが、生命とつながっているということを思い知った。

こうしてぜえぜえ階段を上がる私とあなたは一体だけど、もうすぐ離れちゃうんだよ。今は中で繋がってるけど、出てきたらどうやって守ればいいのかなぁ。
「会いたいけど怖いよ。産むの行為も怖いよ。」
誰もいない内階段にぼそぼそ声が小さく響く。

母親になる事を待ち望んでいる、会えるのが嬉しいって私が言うのを周りが期待している気がして、怖いや不安は身体から外に出ていけなかった。つけていた記録も、残るものだからと変な気が回って良い言葉ばかり並べて書いていた。自意識過剰なのだ。
でもそうかここで言えばいいのか。
ひんやりした手すりに手をかけながら、次の言葉を待ってみる。
「もうじき「産む」をやるんだよ。怖いね。どれだけ痛いのかな。産んだら(痛みを)忘れるってなんなのかな。」
「一緒にやるしかないよね。多分もうすぐ「産む」が来るから、頑張って外に出て来て。」
返事のない膨らみに話しかけながらやっと8階までたどり着いた。川を見下ろす玄関の前まで進むと、さぁっと夏の良い風が吹いた。
「その日」までもうすぐだと思った。

そして、あれから10年目の夏を迎える。



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