漢詩もどき(漢柳)を為す5

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ご無沙汰しております。
今更ですが「桃花詩記」(作品本編はこちら)に登場した漢柳のご紹介の続きを綴っていこうと思います。前回は第3話に登場した作品を解説したので4話からですね!はじめましての方は良ければ作品にお目を通して頂ければ幸いです。

耀白の秘密と詩耽の恋慕を知った本陶は彼女らの憂いを解決する為、鈍灰と共に詩会の開催を企画する。尹巴や住民の快い協力もあって、無事詩会は開かれ、そこで詩狂いの熱い思いが解き放たれる。

というのが4話のざっくりしたあらすじです。物語の流れ上、率直な思いを述べた作品が多いのが特徴です。では、各作品を見ていきましょう。

鈍灰作 「贈檄憂君」

昇日益益求極致  昇日益益 極致を求む
深暉愈愈照苑地  深暉愈愈 苑地に照る
池上芙蓉仰金烏  池上の芙蓉 金烏を仰ぐ
波間水天知虚偽  波間の水天 虚偽と知る
彼出闇中発清明  彼は闇中より出で清明を発す
汝在泥濘生雅粋  汝は泥濘に在りて雅粋を生む
人有陰陽得大徳  人陰陽有りて大徳を得る
自欲潔白勿慙愧  自ら潔白たらんと欲して慙愧する勿れ

去声四寘(致、地、偽、粋、愧)

語釈
・深暉…深く射し込む光。
・芙蓉…蓮の花。詩耽を指す。
・金烏…金の烏。太陽の化身。耀白を指す。
・水天…本来は川や海が空と一体になって見えること。ここでは水に空が映っている様が一体になっているように見えると解釈。
・慙愧…恥じ入ること。

解釈
昇る太陽はますます高みを目指し、
その深く射し込む光はさらに庭園に降り注ぐ。
庭園の池に咲く蓮の花は金烏を仰ぎ見る。
それは池の波間に映る空が偽りであるとわかっているからだ。
太陽は夜という闇の中から現れるが、清く明るい光を放つ。
蓮の花は泥の中にあって雅やかで美しい花を咲かす。
人というものは陰陽を持っているから大きな徳を得られる。
だから自ら潔白であろうとして汚れていることを恥じるな。

一言
人と違う己の境遇に悩む耀白に対して鈍灰が贈った詩。3句と4句では詩耽が身の上に関係なくお前に恋い焦がれているのだぞと訴えかけている。その上で誰にも後ろめたいことはあるもので、それがあるからこそより良く生きられるのだと後半4句で説く。
実は鈍灰の過去とも繋がる内容で、彼の秘めていた思いが明らかになる場面でもある。

耀白作 「追君」

追君幾星霜  君を追いて幾星霜
比肩百詩歌  肩を比ぶる百詩歌
切磋成双璧  切磋して双璧を成し
句満如琢磨  句満ちて琢磨するが如し
親近望綿綿  親近綿綿たるを望み
疎遠憂峨峨  疎遠峨峨たるを憂う
玉輪潜山陰  玉輪山陰に潜み
吟嘯恋嫦娥  吟嘯嫦娥を恋う

下平五歌(歌、磨、峨、娥)

語釈
・幾星霜…「星霜」で長い年月、移り変わる年月をいう。
・双璧…一対の玉、並び立って立派な人を指す。
・句満…詩句でいっぱいになること。
・綿綿…長く続いて絶えない様。
・峨峨…山の高く険しい様。
・玉輪…月のこと。
・嫦娥…月の仙女。

解釈
君の背を追ってどれほど長く経っただろう。
その間、たくさんの詩歌を共に為してきた。
切磋して才知は双璧を成すようになり、
作った多くの詩句が互いを磨き上げた。
そんなあなたとは親密で長くありたいと願っていますが、
今は疎遠となって山を隔てているようになっていることを憂えております。
たとい月が山の陰に隠れてしまっても、
私は詩を吟唱して嫦娥(あなた)を想い続けます。

一言
耀白が詩耽への手紙にしたためた詩。作中では彼が即興で作詩していますが、筆者はこの詩を作るのに半日ちょいかかりました。4話は一日で実質20~56字しか執筆が進まなかった日もあって大変でした。

鈍灰作 「騰蛇匿雲霞」

京華至絶遠  京華より絶遠に至る
野鄙匿雲霞  野鄙 雲霞に匿る
共吟垂詩酒  共に吟じて詩酒を垂る
自開顕騰蛇  自ら開きて騰蛇を顕す

押韻 下平六麻(霞・蛇)

語釈
・京華…都のこと。
・野鄙…田舎、田舎者。
・詩酒…詩を作りながら酒を飲むこと。
・騰蛇…中国の神獣。翼をもった蛇の姿をしている。青龍、朱雀等の四方獣と並ぶ扱いをされる場合もある。

解釈
都から遠く離れた土地にやってきた。
この田舎に住む者たちは雲霞の中に隠れてしまった。
しかし、一緒に詩を楽しみ、酒を酌み交わしていると、
自ずと雲は晴れ、中から騰蛇が現れた。

一言
鈍灰が律の民を賞する詩。一句目は1話に登場した詩と同じ。一句目が同じでもその後の展開は色々あるよねという戯れの要素がありますが、鈍灰ならやるんじゃないかなと思って考えました。韻を合わせるのに妙に苦労したのを今でも覚えています。

耀白作 「鳥集桃源」

孤鳳仮幽人  孤鳳 幽人を仮とす
清貧奏仙楽  清貧にして仙楽を奏す
双鷺越関河  双鷺 関河を越ゆ
風雅厚惇朴  風雅にして惇朴を厚くす
鶯燕生桃源  鶯燕 桃源に生まる
協睦親文学  協睦して文学を親しむ
哢吭漸累累  哢吭漸く累累たり
詠嘯愈濯濯  詠嘯愈々濯濯たり

押韻 入声三覚(楽・朴・学・濯)

語釈
・孤鳳…一匹の鳳。神鳥。
・清貧…貧しくあって節度を守っていること
・幽人…世捨て人。
・仙楽…妙のある音楽。
・鷺…サギ。
・惇朴…まことがあり、飾り気のない様。
・鶯燕…ウグイスとツバメ。女子の比喩に用いられる。妓女の比喩としても使われるがここでは当たらない。
・桃源…桃源郷のこと。
・哢吭…さえずり。
・累累…物が重なり合っている様。
・濯濯…光り輝く様、楽しみ遊ぶ様、雅やかで美しい様。

解釈
一匹の鳳が世捨て人の姿を借りてやってきた。
彼は清貧で趣深い音楽を奏でた。
二匹の鷺が関や河を越えてやってきた。
彼らは外見は雅やかだが、行いは慎ましさに満ちていた。
鶯と燕が桃源郷で生まれた。
彼女らは仲睦まじく、文学に慣れ親しんだ。
この鳥たちのさえずりはしだいに重なり合っていく。
それによって詠唱はますます華やかとなった。

一言
1~6句で作中の人物を比喩している詩。それぞれ誰を指しているのでしょうか?1・3・5句目と2・4・6句目でそれぞれ対句で対応しており、詩の形としては少し特殊な作品かもしれません。
あと、詩を作っている時は色んな動植物をググるので検索履歴がちょっとした動物園のようになります。

本陶作 「悩贈序」

天険絶境人無牆  天険絶境 人は牆無し
一視同仁徳在傍  一視同仁 徳は傍らに在り
館灯笑語忘旅情  館灯の笑語 旅情を忘る
懐中贈序惜離觴  懐中の贈序 離觴を惜しむ

押韻 下平七陽(牆・傍・觴)

語釈
・天険…自然の要害。非常に険しい所。
・絶境…世間と交通のない土地。
・牆…垣根。塀。
・一視同仁…差別なく全ての者を平等に愛すること。
・館灯…旅館の灯り。
・笑語…笑って話す。
・贈序…文体の一つ。送別の詩歌につける序文。広くは送別の時に贈る文章。
・離觴…別れの杯。

解釈
要害に囲まれて人の交通もない土地だが、住む人の心に塀はない。
その上、差別なく周りを愛することができ、徳化が行き渡っている。
宿の灯りの下で語り合えば、その親しみやすさに旅先であることを忘れてしまう。
懐中にしたためた送別の文章は別れが惜しくて続きを書けないでいる。

一言
本陶のありのままの思いを述べた詩。シンプルな構成だからこそ深く刺さるものがあるのではと考えて作詩しました。

耀白・詩耽合作 「烏兎凌風雨而果会遇」
烏兎風雨を凌ぎて会遇を果たす

玉兎愧赧陰思慕  玉兎愧赧 思慕を陰う
金烏空啼欲馳赴  金烏空啼 馳赴せんと欲す
墨痕灌涙濡紫毫  墨痕涙を灌ぎ紫毫を濡らす
懐抱寄書綴詩賦  懐抱書を寄せて詩賦を綴る
紙筆不絶重逢瀬  紙筆絶えずして逢瀬を重ぬ
情話無尽湛白露  情話尽きること無くして白露を湛う
昼夜雲雨蜜両人  昼夜の雲雨両人を蜜にす
霽後日月果会遇  霽後の日月会遇を果たす

押韻 去声七遇(慕・赴・賦・露・遇)

語釈
・玉兎…月の化身。月にいる兎。
・愧赧…赤面すること。
・金烏…太陽の化身。日本ではヤタガラスをいう。
・墨痕…墨の痕、墨で書いた文字。
・紫毫…筆に使う兎の毛。
・懐抱…胸中に抱いている事柄。
・寄書…手紙を送ること。
・逢瀬…男女が隠れて会うこと。本来は和語なので漢文に使われない。
・情話…男女の睦まじい会話。
・雲雨…雲と雨。男女の情交を指す場合にも用いる。
・霽後…晴れた後の空。

解釈
玉兎が赤面して思慕を覆い隠す。
金烏は空しく鳴き、その傍に馳せ参じたいと願う。
紙に書かれた文字を見て涙をこぼし、兎は毛を濡らす(筆を執って先端に墨を浸す)。
胸中に抱く思いのままに手紙をしたため、そこに詩を綴る。
書くことはいくらでも湧き、顔を合わせず紙上での触れ合いを重ねる。
そのやり取りは尽きることなく、白露が草木に溜まるように思いが膨らむ。
昼夜の雲と雨の中、二人は愛を深める。
晴れた後、日月(兎と烏)はついに巡り合うに至った。

一言
耀白と詩耽の関係の移ろいを描いた詩。とにかく太陽と月を軸にしたいと思って作っていました。きらびやかさ一辺倒ではなく、奥ゆかしさも出したくてかなり悩んだ記憶があります。
作品前半の集大成とあって、しょぼいものは出せないと思って詩作に臨みました。客観的な評価はわかりませんが、個人的には費やした時間に見合う詩にできたかなと。

以上、第4話に登場した漢柳のご紹介でした。ここで目にして本編を読んでみようかなと思ってくださったなら亦た嬉しからずや。
では次回に続きます。

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