ふへらふへら #2【連載小説】

 大学二年生というのは人生の中で最も閑暇を過ごせる、その時間をどう活用するかで将来が決まると言っても過言ではない、なんて月並みな訓誡で旅行に誘ってきたジロウはいちおう彼氏という体裁だけれども、持て余した性欲を処理したいという腹づもりに応じてやるほどこちらも従順な少女ではないので、面倒になってきたから別れようと告げると、その日からストーカーのようにLINEが送られてくるようになってしまったので未読スルーしていたけれども、あまりにしつこいものだからYahoo!知恵袋に相談しそれに対する世間一般と称される声を送り返してやったら、ようやく嵐は治まった。

 こうして私は夏を目前に全く予定がなくなってしまい、ユキちゃんから新曲できたから詩を書いてと頼まれ何案か提示してみたけれどもなんかちょっと違うみたいなアブストラクトなフィードバックに応じることができず、バイト代も入ったし夏休みだし一人で伊豆の温泉宿でちょっと文豪気分に浸ってみようかとも思ったけど溜まっている洗濯物を見てすぐにその気持ちも萎えてしまい、結果だらだらと蝉の鳴き声を聞きながらまるで生産性のない日々を過ごしていた。ユキちゃんは課題が忙しいと部屋に引き籠っていて、時々しーちゃんとご飯を食べたけど男連れ込み事件からばつが悪いのか以前の説教臭さが失われてしまい、それはそれでこちらとしても本意ではないので情事の声の感想を暴露するといよいよしーちゃんも家でご飯を食べなくなってしまったので、私も部屋に引き籠ってインターネットを回遊するしかすることがなくなった。

 中学生の時も、高校生の時も、私は夏休みに特に思い出がなかった。親がどこかに連れてってくれることもなかったし、部活にも入ってなかったし、勉強さえしてれば世間体は保たれていたので、図書館に行って本の世界に没頭していた。新学期になって誰々はどこどこへ行ったとかすごーいだの会話するのが億劫で、適当に話を合わせられるようにGoogle検索で色々な場所を調べて、それを述べているだけで成り立つパサパサな会話のことをバームクーヘン会話と名付けて楽しむような世間一般的には根暗ガールだった私は、大学デビューしようと髪を明るくし化粧を濃くした結果、それなりにもてはやされて、それなりに関係をもって、それなりに充実したように感じられた大学一年生だったけれども、一人暮らしを男に都合よくホテル代わりにされることも癪で、シェアハウスに引っ越しユキちゃんやしーちゃんと出会って、今に至る。一人娘の私にとってしーちゃんは齢の離れたお姉ちゃん、ユキちゃんは齢の近い妹のようで、しーちゃんの口うるさい感じも耳触りは良くて、ユキちゃんのクリエイティブなこだわりは尊敬できて、ああ結構幸せだったんだなあなんて日記に書きながら振り返っていたらボロボロと涙が流れてきてしまって、こんな私気持ち悪いなって思って抑制する心と板挟みになって、しーちゃんごめんねってLINEしたらしーちゃんからはなにそれどういうことってそっけなく返されて、こないだのことって返事したらそんなの全然気にしてないよと返されたので、なにやってんだろ私ってなって、やっぱ私いま気持ち悪いなってなって、目についた焼酎を一気に飲んだら全身から猛反発を受け、吐いた。

 そんな自慰行為のような日々を過ごしていることにも嫌気がさしてきた頃、大学の子から免許取りにいこうよと誘われ、変化を渇望していた私にとってそれは天啓のように聞こえ、三十万払って短期合宿に参加したのだけれども、見知らぬ男女が二週間も同じ宿舎に過ごせばそこには様々な色恋沙汰が生じるわけで、帰ってきた頃の私は仮免の資格と経験人数を二人増やしていて、しかもその内の一人からしつこく付きまとわれて、もう嫌だってなって久しぶりにユキちゃんの部屋に助けを求めて逃げ込んだらユキちゃんいなくて、しーちゃんに聞いたらユキちゃんは留学したそうで、「ユキちゃんずるいよなんで置いてくの」なんて言ってしまったものだから、案の定ユキちゃんからは「なんで置いてくってなるの」と正論言われて、そうですよねとしか言えない語彙力のなさに腹が立って、翌日ばっさり髪を切ってしまう乳臭さにも腹が立って、しーちゃんの帰り際に抱き着いてみると優しく受け止めてくれて、なんなの世の中って思いつつも安堵してしまう自分が本当に嫌い。なんてことが昨日の日記に書いてあって、二日酔いの頭痛の中これは汚点だと思い直してすべてデリートしたけれども人の記憶は消せない。でも、しばらくしーちゃんからは弄られることになり、双方痛み分けのような状態になれたので、結果としてしーちゃんはまた一緒にご飯を食べてくれるようになり、そんな日常に私の心も褪せる。




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