ふへらふへら #6【連載小説】

 ユキちゃんが創作活動を止めて大学院を目指すと告げてから三ヶ月が経過。モラトリアムからの脱出を求めて徒然なるままに日暮らし日記を書き連ねてみるも、元より物事に深くのめり込む気質ではない私は兼好法師のようにゾーンに入ることはできず、後から読み返してみても何の生産性もない日々を過ごしているだけの陳腐な内容に辟易し、せめてインプット量だけでも増やそうと色々と本に手を出すも、目的なき行為に達成感は得られず、端的に言えば人生の無駄を謳歌していた。
 学生という社会的合法ニートの有効期間は残り一年半。蝉の声が部屋に響き始める初夏の昼下がり、ベッドの上で陽射しを浴びながら私は思案に暮れる。物語が動かないとはこういうことか。私の人生はきっと私が主人公の物語なのだろうけれども、当の主役にこうも逡巡されては監督も頭を抱えてしまうだろう。

 おいおい私、どうした私。黙っていても世の中が変わらないことなんて小さい頃からわかっていたじゃないか。大学生になったら港区女子のようなキラキラな生活をしようと誓ったじゃないか。でもさ、そういうの疲れるんだよねともう一人の私が囁く。そうなんだよね。とりあえず何かするべき。何かって何さ。ん~、料理とか?
 そんなこんなで何か料理を作ってみようとなり、アボガドやコーンチップスと一緒にコロナを買い、メキシコ気分にでも浸ろうとワカモレを準備。ネットでレシピを探して、ワカモレだけで700種類もレシピあるのかと驚き、誰に気兼ねするわけでもないからにんにく入れるレシピでいいやなんて軽い気持ちで作っていたところ、「お、何作ってるのー?」としーちゃんの部屋から速水さんが出てきて、「昼から飲むのもいいねー」と普通に話しかけてきて、会社どうしたのと尋ねるとちょっと早めの夏休みだそうで、それなら二人でどっか行けよとも思ったけれどもしーちゃんとは予定が合わなかったようで、あと当たり前のようにいるけどここ女子スペースだからねと言っても、だよねーくらいの返しで暖簾に腕押しで、まあどうせ一人で飲むくらいなら話し相手がいた方が気が紛れるか、という結論に至る。

 その時何を話したのかあんまり覚えていないのだけれども、「ひょっとして俺ここで飲んでて他の人に見つかったらヤバいかな?」と言われ、確かにそうだねと頷いて私の部屋で飲むことになって、まあ男女だしヤってしまって、しーちゃんには黙ってたのに速水さんはあっさりとバラしていて、正直こういう異性関係で友達と険悪になりたくないので何してくれてんだと思ったけれども、とはいえ今回の件は私が悪いので、言い訳もないし謝るのも違うしふへらと流すくらいしかできなくて、しーちゃんもいい人だからあんまり強く責めはせず、「でも、知っちゃったからには無理だね」と言い残してエバーガーデンを去っていった。この時のことは今でも思い返すんだけれども、どうなんだろう。いや、私が悪いというのはそうなんだけど……そうなんだけどさ。


 月日は流れてユキちゃんとの卒業旅行。
 結局、私は月並みに就職活動をし、月並みに就職先が決まり、春からは新社会人となる。ユキちゃんは大学院に受かり研究者を目指す。ガンマ線バーストという少年漫画の必殺技のような研究内容は詳しく聞いても私には理解不能だったけれども、音楽を創っていた頃が懐かしいなんて温泉に二人で浸かりながら思い出話に花を咲かせることが久しぶりに楽しくて、色々話していく流れでしーちゃんとのことを吐露すると、「そうだったんだ」と、ユキちゃんは肯定も否定もせず呟いた。
「どう思った?」
「どうって何が?」
「いや、何がって言われても、どうかなって」
 精神的に向上心のない者は馬鹿だ、みたいなことでも言ってほしかったのかもしれない。あるいはユキちゃんの言葉なんて関係なくて、ラスコーリニコフのように吐露できただけで良かったのかもしれない。それでもあまりに反応が薄いことに私はつい会話の続きを求めて「ユキちゃんて処女?」と尋ね、「そうだけど?」と即答されて、さらなる沈黙を招く。そんなことが聞きたいんじゃなくて、自分の語彙力のなさに本当にうんざりして、何の臆面もなく即答できるユキちゃんの姿にひどく自分が矮小に感じられて、「ユキちゃんって格好いいね」と口に出してみて、「レイちゃんも格好いいよ」って返してくれて、それは何となくだけれども長い付き合いからお世辞ではないことは分かって、「どんなところが?」と尋ねると、「変わってるところ」だそうで、この時私はどんな表情を浮かべていたのだろう。

 社会人になって、私はたまにこの日記を読み返す。ふへらふへらと過ごしている私はそれなりに客観的にみれば幸せな充実な日を過ごしていると思う。そんなんでいいんだっけと囁くもう一人の私はもはやマイノリティで、もう学生じゃないしと抑え込む。新たに生まれたもう一人の私は自己否定の役割、ふへらふへらしてんじゃねえよと責め立てる。そんなにいじめないでよ。そんなに簡単に決められないんだよ。ふへらふへらしながら、それでも何かあるかと思って期待しちゃうんだよ。押し付けてくんなよ。私は変わんねえんだよ。良いとか悪いとかそんな明確な定義なんてねえんだよ。私は私でしかないんだよ。
 なーんて、やだやだ。これは誰かに吐露したら引かれるな。この日記はここまでにしよっと。


<了>


7/10に別の小説もアップしました。


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