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絶対直感という、絶対音感

こんにちは、蒼井です。

最近、ものすごくツボに刺さったドラマがいくつかあり。
劇伴オタクの私は物語と同じかそれ以上に、
つい音楽を熱心に聴いてしまうのだけれど、当然劇伴もそれぞれ素晴らしく。

ああ、やれやれ。これはもう深掘りするしかないね。
と覚悟を決めて(つまり大喜びで)いろいろと掘り返したところ、
結局それぞれの音楽と自分の好きなものとの共通項があまりにも多くて、
自分の耳の確かさに、おお、さすがやな自分、と。
また好きなものに気がついてしまったか、と、
とても幸せな気持ちになったのでした。

耳の確かさ、とは、音楽を聴き分ける能力が高いことではなくて、
「自分の好みに忠実である」ということ。
耳が、心が、「あ、」と思う音楽を、自分の好みに嘘偽りなく掴めること。
この現象を勝手にそう定義づけて、「絶対直感」と呼んでいます。

超個人的解釈としては、絶対音感の一種。
いわゆる絶対音感、と言うと、どんな音も音階に聞こえる、ということ。
でも「絶対直感」は、音階の聞き分けよりもはるかに野生的で、
本能がぐわっと動き出すような、そんな感覚が前頭葉あたりに走る。
ビビビ、的な。
この直感が働き、そしてハマると、それはそれはものすごい快感。
全身アドレナリンじゃぶじゃぶ、脳内麻薬ひたひた。
ああ、最高。と声に出したくなるくらい。
(今回は声に出しました。というか、出た。あまりに最高すぎたもんで。)

実はそのいわゆる絶対音感も持っているけれど、使う身体の部分が全く違う感じ。
音の粒を分析しながら身体に通していくような絶対音感に対して、
絶対直感は、風が通り過ぎる時にふと色づいて見えたような、そんな感覚。
研ぎ澄ませて待ち構えるのではなくて、思わず無意識に手が伸びるような。
じっくり考えるより先に、もっと身体の奥の奥が、ぽん、と赤くなる。
そういう無意識の領域なのだと、思うのです。

そして絶対直感が働いたな、と感じると、
今の自分は、自分の好きなものに正直でいられる状態なんだな、
そう気がつけて安心するところも。
好きなものに対するアンテナを失っていない状態。
受信感度良好。
何より、身の回りの好きなものを逃したくない、
そう思えているときは心が健康なんだなと実感できて、とても良い。
自分的高濃度マルチビタミン。

なんだか抽象的な話になってしまったけれど、つまるところ、
自分の好きな音楽を、ああ好きだなぁ、と思いながら聴くのって、
とても好きだなぁ、ということ。
そして好きだなぁ、の感覚を、自分に何の言い訳もせずに受け入れてあげること、
それは何よりの贅沢で、ご褒美に間違いないなぁ、ということ。
この1ヶ月で、また新しい好きに出会えて、とても心が軽い。弾む。

音楽って、ほんとに、いい。


写真は、フィンランドはヘルシンキ、キアズマ現代美術館での
CHOI JEONG HWA(チェ・ジョンファ)個展「Happy Together」にて。
作品名を忘れてしまったのだけれど(ごめんなさい)、
存在感がとても力強くて、しなやかで、カラフルで、ハートフルで、
北欧で覧るアジアのアーティストの個展もいいな、と。
絶対直感が働いた時は、脳神経がこんな色合いに、びゃっ、と反応する。
そういえばこの作品、シナプスにも見えるかもしれない。

では、また。

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