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死ぬ覚悟があれば、何をしても良いの?〜銀河英雄伝説 Die Neue These (19)感想

 最近同盟がつらい。涙が止まらない。唯一の癒しはおばちゃんにチューされるシェーンコップ(腐っても帝国貴族の御令息なので「役得」と言ってくださっている)だったけど、そんなシェーンコップが吹っ飛んだ悲劇に涙が止まらない。

「死ぬ覚悟があれば、どんな愚かなことも、やっていいの?」

 ジェシカのこの言葉がものすごく刺さった。これまでのセリフのなかで一番刺さってるかもしれない。


ヤンさんはひょっとして……

 ずーっと「ヤン・ウェンリーの動機がわからない」とぼやいていた。ヤンさんは退職したいとずっと言ってるが、でもずーっと軍に残り、同盟軍上層部にいる。しかも何かやらせればやる気に満ち溢れている。シェーンコップさんは、そんな彼を見て、「独裁者」という物騒なワードまで出す始末。

 ふと思ったのだが、何故物語はエル・ファシルじゃなくてアスターテ会戦から始まるんだろう。もちろんラインハルトのほうがより主役だから、彼が活躍し始めたアスターテ会戦から始まった、とも言える。でも、ヤンさんの初活躍であるエル・ファシルを時系列の最初に持ってきた方が、物語としては回想を使わずに済むので格段に分かりやすかったし、これからラインハルトが戦う敵の恐ろしさが感覚でわかったと思う(言ったな)
 でも、それでもあえてヤンさんの初登場をアスターテ会戦に持ってきたのは、ヤンさんにとってアスターテ会戦が「動機」だからなのだろうか。

 ヤンさんはアスターテで親友のラップを失った。ラップのような何でもできる良い奴な上、愛するジェシカと婚約までしていたような奴が死んで、冴えてなくてボサッとしててひとりぼっちでなーんにもできなかった自分一人が不当にも生き残ってしまった。だから、ラップを殺した奴らを自分の能力を全部駆使して全員地獄へ葬ろうとしているのかもしれない。銀河帝国と、愚かな故郷を。その動機ができたのがアスターテ会戦なのかも。
 イゼルローンで「打て」と敵を消滅させた底知れない冷え冷えとしたものを感じるのは、ヤンさんの複雑なサバイバーズ・ギルトからくると考えるとなんとなく納得できそう。

 さらに、今度はさらに、ジェシカまで失ってしまった。サングラスで表情を隠し、ベレー帽を投げ捨てるヤンさん。これからきっとまた、常軌を逸していくと思う。

 でもこれは2クールの7話まで見た感想だから、また別の動機があるのかもしれないし、そもそもヤンさんには思考実験を実戦でやってみたい以外の動機が「存在しない」のかもしれない。

「真面目に働く人」の感情の闇

 救国軍事会議のクーデターによる戒厳令、救国軍事会議とかいうぽっと出の組織がイミフなことしか言わないし、帝国が明日にでも攻めてくるわけではないし、少し前に帝国のキルヒアイスと同盟のヤン・ウェンリーという軍部上層部が捕虜交換をしたという明るいニュースがあったので、市民の理解はあんまり得られなかったんじゃなかろうか。
 戒厳令であればデモを開く場所さえ確保が困難なはずなのに、どこかのスタジアムが開いてデモの場所として提供してる時点でガバガバ戒厳令の気がする。

集まる市民たち。すでにデモの場所が提供されている時点で救国軍事会議の求心力のなさが……

 グリーンヒル大将のお株が私の中で世界大恐慌以上に急速に暴落している。自分の率いる部下さえ止めることができないのか。

市民を弾圧する救国軍事会議の過激な軍人。

 「十人ばかりひっぱってステージに並ばせろ」

 仕事で真面目に働く人間ほど、外野にこういう感情を抱いているだろう。

「お前ら全員死ぬ覚悟もないくせに、大口ばかり叩きやがって」

 「〜する覚悟もないくせに、大口ばかり叩きやがって」。
 その感情は実は闇の感情なのだ、とジェシカと軍人のやり取りは明らかにしてくれる。
 確かに、プロの偉いサッカー選手がサポーターに「試合にも出たことないくせに、大口ばかり叩きやがって!」と決していうことはない。内輪では言っているかもしれないが、絶対サポーター本人に冗談以外で言うことはないだろう。
 サッカー選手はサッカーをするという役割があり、サポーターにはそんなサッカー選手を応援するために、たまに大口を叩くという役割がある。
 救国軍事会議の人たちは、「自分は軍人で、彼女は政治家」というそれぞれの人の「役割」「領分」を認めることはなく、自分たちの意見に反発するジェシカさんを殺してしまった。
 「国のために命を張っている(自称)」自分たちをずーっと褒めていてほしいし、自分に厳しい声は絶対聞きたくなかった。腐敗しないと本人たちは考えているが、すでに救国軍事会議の根本の発想が腐敗の塊に見える。
 やだグリーンヒル大将の株がまたさがっちゃうううううう!!! 世界恐慌以上の何かがきちゃうううううう!!!

 ジェシカの言っていることは理想だ。でも過度な現場主義に陥って視野が狭くなり、理想を見ることを忘れた先には腐敗と暴力と闇が待っている。
 一番の皮肉は、軍人が「死ぬ覚悟もないくせに!」といいながら、ジェシカを殺していることだ。ジェシカの方がよっぽど彼より「理想のために死ぬ覚悟」があったのだ。

 頭から地面に落とされ、頭や口から出血しているジェシカは、それでも起き上がって叫ぶ。

その強い意志を感じる瞳、宝石のようだ。

「死ぬ覚悟があれば、どんな愚かなことも、やっていいの?」
「暴力によって、自らの信じる正義を、他人に強制する人間がいるわ」
「今のあなたに、ここにいる資格はないの。だから、兵を連れて、早くここから出て行きなさい!」

 ジェシカの凄いところは自分が血まみれになっても「兵を連れて出て行け」と促しており、戦闘を避けていることだ。可愛らしい音大生、そして元気な学校の先生だった彼女は、いつの間にかこんなに強い女性になっていたんだなあ。
 ヤンさんが好きになっちゃうのがわかる。

 たしかにジェシカさんは理想主義的すぎたし、兵士の苦労を理解しないように兵士には見えたかもしれない(実は婚約者はアスターテ会戦で将校として死んでいて、兵士達のアイドルであるヤン・ウェンリーの想い人であり、誰よりも軍人の苦しみを知っているからこそ反戦を掲げているのだが)。
 でも、彼女は同盟人に理想を語った良心的存在であり、その死は殉教のように見えた。彼女がいなくなった今、同盟はマジ滅びると思う。断言していい。滅びる( ˊ ᗜ ˋ )

不謹慎かもしれないけれど、この亡くなったジェシカの顔が美しくてずっと泣いている。

 いやー……座って悠長に「なぜだ」とかいってるグリーンヒル大将の株が私の中で下がりすぎて、もう価値がなくなってトイレットペーパー一歩手前なんですが。

トイパ一歩手前のグリーンヒル大将。メンバーの統率さえ最近ままならない。

 こういう人間を愚かと言わず誰を愚かというのだろう。精神的にも健康で、娘が元気で、綺麗な妻もいて、健康な肉体を持っていて、軍の中で有能で、人格者で、金もあって、ありとあらゆるものを持っているのに、失敗して左遷されたら、「自分たちをずーっと褒めていてほしいし、自分に厳しい声は絶対聞きたくない人たち」が集うクーデターに乗っちゃう人だったのか。左遷されてもキャゼルヌさんみたいに一話で戻って来れるだろ銀英伝の世界なんだから。キャゼルヌさんの前向きな姿勢を見習え
 一言で言えば、ヤンさんのところで頑張って働く娘・フレデリカの未来をぶっ潰すような真似をしたことが彼の本性を表しているような気がして、とても悲しい。

久しぶりにヤンさんの感情を見られた気がする 

 芸が細かかったのは、死にゆくジェシカが持っていたラップとヤンとの写真の中で、ジェシカとラップのところにだけ血がついていたこと。三人の中で唯一生き残ったヤンさんは二人の死を抱えてこの世を生きていかないといけない。

ヤンさんには血がついていない。そして青空(同盟の未来か?)にも血がついている。

 サングラスをかけるヤンさんに久しぶりに「人間」を見られた気がする。
 フレデリカが笑顔で状況報告しているあたり、彼女はジェシカとヤンさんの関係のことを知らないだろう。他のヒューベリオンの搭乗員もいつも通り過ごしており、ジェシカ・エドワーズという代議員が死んだことは他人事だ。
 だから、別に、彼らに「悲しい」という感情を表明する必要はなく、本当に感情が壊れてしまっているのだろう。ちゃんと三十歳のお兄さんで安心しましたよキャゼルヌさん

サングラスだと自分からも他人が見えない。
外部と感情がぶっ壊れている自分をシャットアウトしたいんだろう。

 でも、サングラスがなおさら、ラインハルトより深刻な、ヤンの本当のところの孤独を強調する。彼は士官学校の頃から周囲に馴染めなかった。
 そして今回も、恋をしてはいけない人(親友の婚約者)に恋をして、傷ついてはいけない人の死(軍部と敵対する反戦政治家の死)に傷ついている。口に出せないことで傷ついている。周囲の人と違う感情を抱いてしまう。ラインハルトみたいに帝王気質故に孤独なのではなく、ただ、様々な考えを受け入れる性質ゆえに、周りと違う感情や思いを抱いてしまうのだ。

 そういえばヤンさんから完全にジェシカを奪い去ったのはラインハルトが大元の原因だよなあ。
 このクールの最後で死ぬらしいキルヒアイスがどの回でどんな感じで死ぬかわかんないけど、長くてもあと五話。そろそろ寿命が近づいているとひんやりする。ラインハルトがいけずをするからヤンさんが心の聖域であるジェシカを失ったので、その報いとして、ラインハルトもそろそろ心の聖域であるキルヒアイスを失いそうな気がする。

まとめ

・ジェシカ……(T . T)
・全然この記事で話題にしてなかったけどバグダッシュさん面白かったな
・バグダッシュさん相手のヤンさんのラスボスにっこりが怖かった。


バグダッシュさんに銃を突きつけられても、この笑顔。
バグダッシュさんの背後に銃を持ったユリアンがいるのもふくめて薄気味悪いほうのヤンさん。
ジェシカには絶対見せられない姿だね!

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