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小説:Backwash Detonation 003 マテリアル・インスペクション

「名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」
ー在原業平ー



01 Contract with

生体チップ。
当初は戦闘用デバイスとして普及し、次元開放戦争以降は医療用デバイスとして発展を遂げたOPUSに並ぶ生活必需品。
生体チップの搭載箇所は両手首が多く、両足首やこめかみなど世代を追うごとに数は増えていく。
私たちのような二千年代生まれミレニアムのほとんどは耳の裏にも生体チップが入っている。

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支払い・契約、データの受け渡し、IoT機器の制御、OPUSとの連携のほか、疑似コンストラクトの生成データの吸出しもこのチップから行う。
医療サービスのOPUS CUREを使えば、寿命まで知ることが可能という噂もある。(そこまで知りたい?)
私にも合計十七か所、生体チップが埋め込まれている。
身長の伸びが止まった時点で埋め込みが可能で、私は十六歳の誕生日前に自分の意志で搭載した。
宗教上の理由で埋め込みができないものは、チップ付きのアクセサリーで代用する。代用チップでは精度や機能が著しく劣る為、OPUSや関連機器の性能を活かしきれず、大きなハンデを負うことになる。
生体チップは薄く普通は見えないが、皮膚の外表面にうっすら光って見えることがある。
約八年で体に分解されてしまう為、七年おきに新しいものを搭載することになる。
生体チップは次元個人識別子データベースナンバーズアカウントに紐づけられており、自分のアカウント以外の生体チップを搭載することは違法行為で一生刑務所から出てこれないと授業で習った。


02 Tied up

コミュニティの契約の拘束力は非常に強い。
それは例え次元警察であっても介入はできない。(忍談)
ルイーズに抱き着かれた瞬間、彼女の生体チップを介して契約が結ばれてしまった。
「今度はこの子と話させてちょうだい」
ルイーズは七国山と私を交互に見ていた。
「これからは”契約”の範囲ということよ」
七国山はそれを聞くと渋々外に出ていった。
ルイーズと二人きりになる。
少しの沈黙。
「で、あなたが記憶を盗まれたのはいつ?」
扉が閉じる音とともに、彼女からから切り出した。
「一週間ほど前です」
ルイーズはベッドに腰かけながら
「どのくらいの期間?」
「約二年分です」
それを聞いて少し驚いた表情だった。
「二年も・・・。随分長いのね。次元警察は公表してないけど一年くらいが多いのよ」
私を抱きしめた時と同じ、慈愛に満ちた表情。
「やっぱり何も知らされてない。あのひとらしい」
「でも記憶泥棒は公式に認められていませんよね?」
ルイーズはクスっと笑って
「認めてないからって存在がなくなるわけじゃないでしょ?」
私は少し考えた。
ベロニカは、少なくともルイーズは存在を認めている。自分のOPUSを記録モードに切り替えて、ルイーズに話を促した。”契約”は予想外だったが、これはこっちにも好都合だ。
「記憶を盗む犯罪者の存在は、それこそ二年ほど前から噂されてた。業界では有名だったしね」
「有名?」
「すでに何人か被害者がいたの。公表はしてないけど。私の被害はベロニカが調査で動いていた矢先だった」
次元を閉塞させる行為を、あのベロニカが許すはずがない。アノマリーの存在に嫌悪感を抱かせる行為は全て、彼女の所属するベロニカにとっては敵対行為だ。
「しばらくは女優を続けたけど、やっぱり無理だった」
少し憂いを帯びた表情。生き方を変えざるをえない何かがあった。そういう表情だった。長いまつ毛の瞳を閉じて、ため息をついた。
「そういえば覚醒者アノマリーだったんですね」
「昔から人の心が読めるの」
それを聞いた私が少し不安そうにしたのを見て彼女が付け足す。
「心配しないで。抱き着いたり、手を握ったりするぐらいじゃ何もわからないから」
また私の表情を見ながらさらに
「特に記憶はね。複雑だから」
少し安心した。
「それでライデル氏と面識は?」
「ないわ」
ルイーズは真剣な眼差しで答えた。
「半年前の記憶で、ということだけど。ライデルという人が私のところに来た理由はわからない。でもトラウマや精神障害に関することだとは思う」
「クローム関係で何か恨みを買うようなことは?」
「それもない。強いて言えば、私がベロニカの広告塔であること、かな」
ルイーズの疑似コンストラクトは、今もベロニカの関連の宣伝媒体に登場している。それが彼女が狙われた理由だろうか。
対立しているとはいっても、不干渉を貫いてきた、二つの巨大な組織で何かが起きている。(そんな予感がした)
「ベロニカでは、記憶泥棒はクロームの仕業ってことにしたいみたい。利用できればなんでもいいのよ」
少し愚痴っぽい言い方だ。
「殺人は次元を閉塞させる行為で明確なガイドライン違反。このまま犯人ということになれば、通常の刑務所に行くことはできないでしょうね。たとえ無実でも代わりの広告塔が選ばれることになる・・・」
共同体規則コミュニティガイドラインはコミュニティを共同体として、そうならしめる為の”法”だ。ハーモニーにもある。
ベロニカのそれは”厳しい”ことで有名だった。
「そうなるとベロニカは動かざるを得ないわけですか」
「それに、さすがに二回も記憶を盗まれるとね。ロトリーは、ウチの代表は何故か最近焦ってるのよ」
今度は一際大きいため息をつき、ベッドに勢いよく倒れ込んだ。長いブロンドがビロードのようにベッドに広がった。
ベロニカ側にも何かあるのだろう。なぜかコミュニティの私物化が起きていそうな雰囲気を感じる。大きな組織にありがちな権力闘争ウチゲバか。
あれこれ考え込んでいると、ルイーズが起き上がってまっすぐ私の方を見ていた。瞬きの度に長いまつ毛がひらひらと揺れる。
「私は、もうコミュニティの庇護を受けられないかもしれない。アナタは保険よ」
少し懇願するような言い方だった。
記憶泥棒ブリトーバについて調べてちょうだい」



03 Give me

「良いものあげる」
少しシワの寄った長方形の厚紙を手渡された。
ルイーズが私の理解が追いついていないところを察して
「メーシ?めいし。名刺。あってるかしら。旧来言語オールドファッションならName Cardかな」
彼女の独特の新言語ニュースピークスで吹き出しそうになったが、なんとかこらえて、”それ”をまじまじと見入る。
正直初めて見た。が存在は知っていた。(古い映画で)
整然と並んだ記号は何かを意味している。が判読できない。(旧来言語?)
「読めない・・・」
ルイーズは怪訝そうな顔で
「あれ?識字翻訳コンパイルは使ってる?」
「一応動いてます」
私はこめかみの生体チップを指でなぞった。OPUSが反応して起動中アクティブを電子音で通知する。
「あ」
ルイーズが何かに気付き、手を差し出してきた。
「ごめん。これも使って」
差し出された空手を見て納得した。”翻訳データ”か。
長くすらりと伸びた指が優雅に開かれる。
私は彼女の色白の手首を、彼女は私の手首を軽く握る。(手が冷たい)
冷っとする感覚と同時に識字翻訳コンパイルデータが送られてきた。
OPUS経由でフォーマットされ実装アドインされる。
すると、目の前の紙片に刻まれた文字が意味を成し始めた。

特務機関クローム
公共情報局 機密情報管理主査
          オーウェン・ライデル

ダイアグラムコード ||||

「これは・・・」
私が固まっているとルイーズはニヤッとして
「こんな特殊な識字翻訳コンパイルが必要な、しかも紙媒体のツールが現役で稼働している次元ってどこだと思う?」

ない。
私の知る限り、そんな次元は存在しない。
旧来言語オールドファッションはともかく、紙媒体のツールで公的機関の人間がやり取りするような次元は一つも存在しない。(私の手帳は”趣味”だ)
少し考えて、一つの可能性に行き着いた。
「まさか」
「この名刺は恐らく未満番号ロストナンバーで使われてる。クロームは”何か”をそこでやってる」


04 Watch out

我々の住む構成次元の数が十二であることを証明した人物がいる。
元軍人の物理学者、レオンハルト・ミリオンシープ。
彼が初めて次元渡航に成功したのは一九四八年。
第一構成次元から第二構成次元へだった。
一九六三年にノーベル物理学賞を受賞(当時は第一構成次元単独のもの)。
彼の手記や研究資料は次元開放戦争で大半が消失してしまい、謎が多い。
というのが歴史の授業で習う一般的な知識。

そして、レオンハルトが番号を割り当てなかった未知の次元が存在するという仮説がある。(都市伝説だ)
未満番号ロストナンバーはその番号を割り当てられなかった次元の通称。
理由は不明だが、意図的に存在を隠したのではないかといわれている。
十二の構成次元の抱えるこの上ない閉塞感が生み出した産物。ではないかと私は思う。

05  Fault  in

「この名刺と識字翻訳コンパイルデータはどこで?」
「たぶん診療所だと思う。データもその名刺の持ち主からだと思う。すごい容量だから常に実装アドインしないでね。脳への負荷がすごいから」
確かに負荷を感じる。私はOPUSですぐにこの文字の翻訳実行を停止した。
「”これ”って証拠品なんじゃ」
これはただの読めない紙切れではない。立派な証拠品だ。
「どうせクロームも調べるんでしょ。”それ”が役に立つかも」
少し気が引けたが、私はおしりのポケットに突っ込んでいた手帳を取り出し、そっと名刺を挟み込んだ。
その様子を見ていたルイーズが
「クロームと気が合いそうじゃない」
何を言い返すか迷って一言
「そう願います」
私は聞くか迷っていた内容に手を付けた。
「オーウェン・ライデル氏はどうやって殺されたんですか?」
「それは・・・」
ルイーズが口を開く前にドアから七国山が勢いよく入ってきた。
「子供が聞くことじゃない」
七国山の顔は先ほどより穏やかだった。
「それに、殺人の件は”契約外”でしょ?」


06 Pass up

連続殺人鬼アブソリュート・ブラック

次元放火魔バーミリオン

そして

記憶泥棒ブリトーバ

構成次元を騒がせる犯罪者。
三大悪。
この中で次元警察に認知されているのは連続殺人鬼と次元放火魔だけで、記憶泥棒は正式に認められてはいない。
それは発生してから時間がたっておらず、捜査が進んでいない為で被害者の多くが公表を拒むことが多いからだった。

不特定多数の人間から命を抜き去っていく連続殺人鬼。
構成次元を焼き尽くす次元放火魔。
そして、記憶泥棒。
そのいずれの犯罪についても、目的や犯人の正体さえもわかっていない。


07 Over load

ルイーズの釈放はそれから約四時間後のことだった。
オーウェン・ライデル氏の死因は特定できず、ルイーズ本人の覚醒能力アノマリーも、従来検出されている心理サイコメトリー以外にはなく、次元警察はベロニカの圧力を受ける前に彼女を釈放した。
ベロニカはメディアを通じて「これはコミュニティに対する攻撃であり、次元開放を妨げる勢力の策略に違いない。我々はあらゆる手段で対抗する」という声明を発表。ベロニカの代表、ロトリー・チャンピオンシップがメディアで徹底的な反抗を宣言した為、各構成次元に緊張が走った。
一方のクロームは短いテキストで「今回の事件と我々は一切関係ありません」とだけ発表。オーウェン・ライデル氏は事件の二週間前に退職済みで無関係を主張した。

オーウェン・ライデルとは一体何者なのか。
特務機関クロームの職員。享年、三十四歳。
私はライデル氏の調査のためにクロームへ接触を試みたが、全てNGを食らった。(忍でもアポは取れなかった)
ライデルの名前でネット検索すると『コリン・ライデル』の名前が第一構成次元の古い軍事雑誌に記載があったが、血縁関係は判明しなかった。

紙媒体資料を探して定性情報図書館データセンターを夜通し徘徊した後の朝。(フライング・スキッパーの夢以来、よく眠れない)
窓の向こう。
早朝のビル群の拡張電子広告オーギュメントArchetype12アーキタイプクイーンの新曲広告に切り替わる。(心なしか”わたし”の表情が疲れて見える)

OPUS CALLが静かな資料室に響き渡る。
私は宇佐から呼び出された。


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