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小説:Backwash Detonation 002 ファッション・コンパイラ

「曇りなき 心の月をさき立てて 浮世の闇を照らしてぞいく」
ー伊達政宗ー


01 Lead me

かつての寂れた港町、新嘉坡シンガポール
十一年続いた次元開放戦争。その政治的空白を狙ったテロによって、この街は一度果てしなく荒廃した。
次元開放後、更地同然となった港町は再始動リブートに都合が良く、転送都市ポートシティに再構成された。

文化的な発展を遂げた第一構成次元に対して、工業的な発展を遂げた第三構成次元。物質的な豊かさであれば十二ある構成次元の中でも一番だといえる。
コミュニティに属するコミューン企業の本社が多数存在し、複数のコミュニティの本部がここに籍を置いている。
その反面、人心は荒廃しつつあった。
犯罪発生率が高く、治安の悪化が社会問題になっている。
貧困層の割合が多く、格差是正が構成次元喫緊の課題だった。

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02 For unity

第三構成次元。
こちらのポータルのCAは気のない返事を返すばかり。
ここはいつも蒸し暑い。(赤道が近い)
無造作に乱立するビル群と埋め立て地が、それを助長する。
OPUSの表示では外気温、摂氏三十一度。
私はシャツの袖をまくり上げ、ハンカチで無造作に汗をぬぐう。髪を切って正解だった。
次元転送でこの次元の環境に同期されているとはいえ、やっぱり堪える。(全く慣れない)
しかし、ここは見知った土地だ。陽を避けるように地下鉄に乗り込んだ。
少し崩れかけたホームの端も、すれ違う少しくたびれた地下鉄の車両も。どこか懐かしさを感じる。
乗った車両のネット端末が生体チップ経由でOPUSのルートを読み込み、目的地までの料金の支払いが終わる。
この辺は二年前とは変わらない。(進歩がない)
地下鉄をフォート・カンニング駅で降り、唯一の緑地公園を横目に乱立するビル群の一角を目指す。途中から遊歩道へ降り、地下街を歩く。
旧来言語の英語や中国語で書かれた看板がまだ残っており、住宅街とオフィスビルが混在調和する不思議な空間を作り上げていた。
新言語ニュースピークスでの会話よりも、マレー語と英語の会話の方が多く聞こえる。言語統一条約によって旧来言語は廃れていったが、貧困層の多くでは根強く使われているようだった。
目的地への到着を知らせるOPUSのアラームが私の生体チップを通して伝えられる。
しかし、私は目的の場所へ入ることはできなかった。

次元警察の捜査官が規制線を張っていたからだ。



03 Lord on

規制線の手前に野次馬の人だかりができていた。
上空は情報配達人メディアスキーターのドローンが飛び交っている。
陽を避け地下街を通ってきてしまった為、気が付かなかった。
野次馬の旧来言語オールドファッションを聞き取るとクロームの関係者が殺害されたようだ。(私は旧来言語を話せない)

茫然としているとOPUS CALLが
忍からだった
「アロー。トキコ。無事着いたみたいね」
「うん、中には入れそうもないけど」
「連絡が遅くなってごめんね。さっき知り合いの情報配達人からタレコミがあったの。ルイーズ・シルバーブレッドが特務機関クロームの関係者を殺害したらしいわ」
私のリスニング能力も馬鹿にはできない
「大事ね」
「当然、ルイーズの所属するベロニカも動き出してる」
いよいよ、まずいことになった。
クロームは特務機関。次元開放戦争以降の世界の運営を支える実行組織。
ベロニカはコミュニティ。次元の開放を是とする、開放系最大手のコミュニティ。
ここは、その二つの組織のつばぜり合いの場になる。

「また何かわかったら連絡する」そう言ってOPUS CALLをOFFした。

互いに不干渉を貫いてきた巨大な組織が目の前で衝突する。
野次馬の会話に新しい情報はないかと聞き耳を立てていると、背後から肩を掴まれた。振り返ると同時にフライングスキッパーの悪夢がフラッシュバックする。

「こんなところで何をしているの?」

そこには医者ではなく、あの麗人。七国山 栞シチコクヤマ シオリがいた。


04 Take me

第一構成次元で見た、顔に張り付いた冷徹さはそこにはなかった。
情報配達人メディアスキーターがこの人だかりも撮り始めてる」
驚いて固まっていると、そのまま手を引かれて大通りへ出た。
麗人に手を引かれるまま、通りがかった無人タクシートンダに乗り込む。
七国山のOPUS経由で行先が読み込まれタクシーは走り出した。
七国山は走り出したタクシーの後部の窓から、ドローンが付いてきていないか何度も確認した。
ふと私の方を見て
「次元転送の許可を取っていたから、てっきりご実家へ向かうものとばかり・・・」
私が何を話そうか迷っていると、七国山は私の姿を見て
「探偵”ごっこ”はやめなさい」
忘れていた。この人は次元警察の捜査官だった。
「ごっこじゃありません」
自分のOPUSをかざしてみせる。

『職業ステータス:私立探偵(有効):アイドル(休業)』

これは忍の機転によるものだった。私が所属するコミュニティ、ハーモニーは寛容で職業選択の自由がある。どうせ謎を追いかけるならと、私の職業ステータスを私立探偵へ変更してくれた。コミュニティのお墨付きがあれば、たとえ次元警察であっても行動を制限することはできない。
コミュニティと次元警察の力関係は対等といっていい。とは忍の談。
七国山は『やれやれ』といった顔をして、タクシーのシートに深々と収まった。
「あなたこそなぜここに?」
「後任がだらしなくてね」
七国山はふぅと息をつくと、目を閉じ眉間にしわを寄せた。
そのため息は面倒ごとが増えた為だろうか。この人の後任は何となく大変そうだ。(私だったら嫌だ)
「人手が足りないの」
そう喋りながらOPUSで捜査資料に目を通し始めた。その眼差しは涼やかで澄みきっている。彼女は黙ってしまった。(気まずい)
忍や野次馬の会話で知った内容を聞くべきだろうか。

「それにしても優秀な”お友達”ね。ウチに欲しいくらい」
七国山は相変わらず資料から目を離さない。
「マネージャーです」
七国山はふーん。とだけ

そしてまた沈黙。タクシーのモーターノイズが良く聞こえる。
私は意を決して聞くことにした
「それで、犯人はもう逮捕されたんですか?」
彼女は資料から目を離さず
「ええ。オーウェン・ライデル氏の殺害容疑で。それと記憶泥棒の被害についてね」
「え、記憶泥棒?」
それについて野次馬たちは喋っていないかった。(そんなことより、随分あっさり聞き出せたことに驚いた)
「今、NewAgeCompanyへ向かってる。シルバーブレッドは再び記憶を失ってしまったみたい」
NewAgeCompanyの入る建物は、中央集権的特徴を色濃く残す旧議事堂を再利用している。
タクシーを降りると、七国山はあの冷徹さを纏っていた。


05  Run stop

『白昼の凶行。元人気女優の裏の顔』
すでにルイーズ・シルバーブレッドのニュースはメディアを席巻しはじめていた。
これはコミュニティの大小によらず、メディアが一切の規制を受けない取り決めになっている為で、情報配達人メディアスキーターの隆盛もそれが原因だった。
報道が真実ならベロニカのクロームに対する明らかな攻撃だ。
殺害されたのはオーウェン・ライデル。特務機関クロームのメンバー。
加害者はベロニカの広告塔コンパイラだった、ルイーズ・シルバーブレッド。

そんな前代未聞の大事件の渦中メイルストームに私はいる。


06 Kick in

NewAgeCompanyの内部は想像したよりもガランとしていた。
入館のセキュリティチェックは七国山がパスしてくれた為、私は難なく内部に入ることができた。
『君は目立つから、私の側にいて余計なことはするな』
そう彼女に厳命され、同行を許可された。なんだ。思ったよりも優しいのかも。(相変わらず態度は冷たいが)
NewAgeCompanyへの移送理由はルイーズ・シルバーブレッドの精密検査の為で、ライデル氏の”特異な殺され方”と記憶喪失の原因を調べている。
当然、情報配達人メディアスキーターの群がるベロニカ関連の病院へは移送できない。

NAC職員に案内されるまま、私達はアノマリー検査室に通された。
ルイーズ・シルバーブレッドと約一年半ぶり(記憶的には初)の対面だった。
メディアを通して見ていたままの”彼女”がそこにいた。長いブロンドをかきあげて、緊張した表情でこちらを窺う。
部屋に入るなりOPUSをかざし、お決まりの仏頂面で七国山が口火を切る。
「私を覚えていますか、シルバーブレッドさん?」
一瞬の静寂
「また、アナタなのね・・・」
ルイーズは検査着でベッドにうつむきがちに腰かけている。少し訛りのある新言語ニュースピークスだ。
「あれは医者なのかしら・・・。ここでさっき約半年分だと聞きいたわ」
事件のせいだろうか。表情は少し疲れていたが、流麗な相貌は七国山とはまた違う彫刻的な美しさがあった。
「半年・・・。今回は随分と短い」
七国山は部屋の外に出るように私にジェスチャーで促した。
部屋の外で聞き耳を立てようとしたが無理だった。(空調がうるさい)

待ちぼうけから三十分ほどして、部屋への入室が再び許可される。

ルイーズは上の空で七国山から一方的に言葉を投げつけられていた。
「・・・引退されると同時に記憶泥棒被害を告白。捜査は大混乱でしたから」
七国山は少し怒っている。(ように見えた)
「記憶泥棒の被害者は、その後の生き方を大きく変えてしまう傾向にあります。今度は何をなさるおつもりですか?」
ルイーズは七国山の質問を無視して私に関心を持った。
「前より髪が短いから、さっきは気が付かなかった」
「やっぱり『初めまして』、ではないようですね」
私のあいまいな受け答えにルイーズはハッとして
「まさかアナタも!?」
私がうなずくと思いっきり抱きしめられた。
「なんで切ってしまったの?」
私の目線が一瞬、七国山の方を向いたのを見逃さず、ルイーズが耳元で
「・・・第四構成次元メモリーなら『髪を切れ』は女性的魅力を下げさせる為の隠語なの」

ルイーズは、あけすけにモノを言う人だった。


07 Fury road

ガチャっという金属音で我に返る。
七国山がルイーズに拳銃を向けていた。(あのスリムなスーツのどこにしまっていたのか)
「離れなさい」
ルイーズが両手を挙げてゆっくりと私から離れる。
「まだ何も・・・」
「警告は一回までよ」
ここで私は七国山の冷たさの原因が瞳にあることを知った。
よく見ると澄んだ青色をしている。病院でもタクシーでも、醸し出す雰囲気に押されて直接見ることができなかった。
「変わりはない?」
私はとっさに体を確認した。が、どこも変化は無かった。
「この女は覚醒者アノマリー。それも思考と記憶に干渉できる、心理サイコメトリーの保有者」
「アノマリーなのは、アナタもでしょ?」
悪びれる様子はない。ルイーズはそのままベッドまで後退する。
「ほら何もやってないでしょ。早く銃を下ろして」
七国山は手品のように銃をサッとしまい込み、私に近づいて
「本当に何もない?」
青い眼差しがこちらを向いている。
視線に耐えられないでいると突然、私のOPUSが気の抜けたメロディで通知を騒ぎ立てる。
OPUSの表示は
『調査依頼契約:ルイーズ・シルバーブレッド(ベロニカ)』

「よろしくね”可愛い”探偵さん」



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