魅惑のクレープ

その昔、「どっちの料理ショー」という番組があって、時々見ていた。当時は健全な子どもであったため、夜は21:00になると眠くなるので、CMで面白そうな回かつ起きていられたら見るといったスタンスだった。
番組の内容としては、似たジャンルの料理二つがお題に選ばれ、それぞれを名うての料理人が贅を尽くした材料で作り、出演する芸能人がどっちが食べたいかを選び、多数派のみが食べられるというものだった。

ある時、どっちの料理ショーにクレープがお題として選ばれた。当時小学生だった私はクレープと縁遠い生活をしており、その実態を知らなかった。
ただ、なんとなく美味しそうだったので、クレープの回を見たのである。クレープ陣営のシェフは(たしか)フランス人だった。豪華なクリーム、フルーツ、小麦粉など用意され、シェフが調理していく。芸能人はシェフの手ほどきに歓声を上げ、高揚が伝わってくる。なんせこれからその豪華なクレープを食べられるかもしれないのだ。調理が進んでいくと、シェフがフランベをしだした。子どもの私はフランベが何たるかなど知らないため、本当に魔法のようなことが起こっていると驚いた。


そして私は泣いた。ポロポロと泣いた。
悔しかったのだ。芸能人は贅を尽くした魔法のようなクレープを食べられるのに、私はどうか。クレープとは縁遠い、地方在住の子供なのである。芸能人ばかりが甘い蜜を吸う過酷な現実が子供心に悔しくて、悲しくて、涙した。
そんな様子を見て、母はケラケラと笑っていた。子どもが芸能人に本気で嫉妬しているわけだから(おまけにクレープが原因なのだから)そりゃあ驚くし、面白いだろう。私はなんだかとっても惨めったらしい気持ちで眠った。

翌日、学校から帰ると母がホットプレートとクレープの材料を用意して待っていた。昨晩のことを不憫に思い、おやつをクレープにしてくれたのだ。経緯が経緯なので、私は気恥ずかしさがあったものの嬉しかった。
母も初めて作るということで、フランス人シェフの腕にはきっと及ばない。材料はスーパーのものだし、火の出る魔法だってかかっていないクレープだったけど。
それは特別な記憶として今も残っている。

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いつか自分の子が物心ついて、悔し涙を流した時は同じように食べさせてあげたいな。
シェフではないから魔法はかけられないけど、悔し涙の味はちゃんと経験できたから。


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