見出し画像

【経過報告】通信制高校に通い始めました。

娘のその後の経過は、Xをフォローして下さっておられる方はご存知だと思いますが、この4月から通信制高校に通い始めました。

不登校漫画原作を書いた一昨年の冬の時点で、私と娘の生活はかなり落ち着いたものになっていたものの、娘は完全に不登校で、昼夜逆転をし、一切勉強をせず、YouTubeとゲーム三昧でした。

その後1年以上、その状況は大きく変わることなく続きました。
娘の生活で少しずつ変化が見られた点としては、昼夜逆転を戻す試みを自ら何度もやっては失敗し続けていたこと、YouTubeだけではなくドラマや映画を見るようになり、推しカツをするために徐々に行動範囲を広げていた事でしょうか。

些細なことで喧嘩をすることはありつつも、部屋に引きこもって出てこない、というようなことは無くなり、ほぼ毎日お風呂に入り、スキンケアをし、友達と遊びに行くことも増えていきました。

学校には全く行きませんでしたし、行こうという気配もありませんでしたが、ほんの数回だけ、友達の誘いで短時間学校に遊びに行ったこともありました。
(私は娘が学校に行ったことを担任からの連絡で後から知りました。)

特に、昼夜逆転はなかなか治らず、本人なりの努力はしているようでしたが一度固定化してしまった生活リズムを戻すのは困難そうで、特に日中に何かやりたいことが無ければすぐに昼夜逆転をしていました。

昼夜逆転を戻すやり方としては、眠気の限界まで無理やり起きておいて、早寝をして早起きをする。という一気に戻す方法と、数時間ずつ寝る時間をずらしていって、1週間程かけて戻す、という方法を何度も繰り返していました。
かなりの苦労をして、「日中起きて、夜寝る」という普通リズムに数日から1週間程戻っても、ほんの1日あれば昼夜逆転してしまいます。

やはり、日中にやりたいことがある、もしくは、やらなければならないことがある。という状況にならないと、生活リズムというのは維持できないのだなとつくづく思いながらその様子を見ていました。

私はもう、「娘が中学に行くことは無いだろうな。」と完全に学校を手放せていたので、私が娘の学校のことで思い悩むことはありませんでした。
娘は、中1のはじめからの行き渋りが始まり、中1の夏休み明けには五月雨登校となり、中1の3学期には完全に不登校となり、中3の卒業までの2年以上完全不登校でした。

今振り返ってみると、この中1の1年間が私にとって最もきつい時期だったと思います。
不登校漫画原作に書いた不登校を受け入れるまで、のエピソードは、ほぼこの1年間の内容です。
よくよく考えると、娘の学校への悩みと不満は小学校4年くらいにはスタートしていたのではないかと今では思っています。(その頃、一時期行き渋り期間がありました)

私が娘の不登校を完全に受け入れてからの2年間は、娘はそれなりに悩んでもいたでしょうが、少なくとも私は辛いと感じることはなく、あっという間に過ぎました。

おそらくですが、私が娘の不登校を完全に受け入れた後に、娘本人も「もう、中学には行かない。」と決めたのではないかと感じています。
学校に行かなくなってもしばらくは、学校に行かなければならないと本人は考えていたために、私に対しての八つ当たりのような激しい反抗があったのだと思います。

中学校の勉強については、娘は不登校の間一切やっていませんでしたが、推しカツを通して、YouTubeを通して、ドラマやアニメやゲームから、娘は娘なりに様々なことを学んでいたようです。
もちろん親側からすれば、ただ怠惰に過ごし、遊んでいるようにしか見えない姿ではありました。

思春期反抗期の不登校の子供に、親が積極的にできることは殆ど何も無いのだな、と今の私は理解しています。
(小学校低学年の不登校はまた話が違うと考えています。)

「思春期反抗期の子供に対しては、子から要求があったら対応する。それ以外のことは一切何も言わないし、手も出さない。」

本当にこれだけで良かったのだな。と思っています。
思春期の子供は、親が思っている以上に何でも分かっています。
夜は寝た方が良いとか、スマホを長時間見続けない方が良いとか、歯を磨いた方が良いとか、栄養バランスの取れた食事をすべきであるとか、体を動かした方が良いとか、日に当たった方が良いとか。
そういう当たり前のことも含めて。

幼い子供のように、知らずに、分からずにやらないのではなく、やった方が良いことを全て分かった上でやらないのです。

しかし、その段階にたどり着くのに私は本当に苦労しました。
もっと早くにアドラー心理学を学んでいれば違ったかもしれません。

そしてある時、不登校児に対する対応は、マズローの欲求5段階説で全ては説明がつくではないか?
と、気づきました。
親が出来ることは、生理的欲求を満たし、安全欲求を満たし、所属と愛の欲求を満たす事までです。

いやむしろ、この段階さえ満たせば良いのです。
今の日本では、生理的欲求と安全欲求は殆どの場合満たされるため、所属と愛の欲求を満たす土台、つまり、
「くつろいで過ごせる家があり、親が自分を愛し認めていること」
という基礎を作ること。
これ以外に親にできることは無いのです。

親が学校に行かない子の心配をするのは、子の将来を心配するからではありますが、親は子に、「自立して欲しい、やりたい仕事についてほしい」と望みます。
しかし、やりたい仕事を見つけて自立することは、「自己実現欲求を持つ」ことに他なりません。

そのピラミッドの頂点となる自己実現欲求を達成するには、所属と愛の欲求、承認欲求を満たした先でなければ到達し得ないのです。
それなのに、基礎となる土台を蔑ろにして子に結果だけを求めるのは明らかな矛盾です。

ピラミッドの土台が積みあがって行けば、子は勝手にその先の欲求を持ち、実現したいと望みます。

不登校に関する本やブログ、Xの投稿などもたくさん読み、
「エネルギーがチャージされれば子は勝手に動き出す。」
というような言葉をよく見かけました。

私は娘の心のエネルギーが枯渇しているとは思っていなかったので、どういうことなのか今一つ納得していなかったのですが、それは、
「子の欲求の土台がしっかりと積みあがった状態になった。」
ということを意味していたのだと考えることで、私なりの理解と納得に繋がりました。

娘は、友人の誘いで通信制高校を何校か見学に行き、行きたい高校を自ら選びました。
2年以上も全く戻せなかった昼夜逆転は、高校入学約2か月前に自力で戻し、本人の強い意思により早寝早起きの生活リズムを維持しています。

高校の制服を自分で注文し、オリエンテーション、説明会、レクレーション、健康診断等も全て自ら行き、補習コースを申し込み、ほぼ毎日何かしらの予定を入れ、毎日学校に行きはじめました。(週1コースのはずですが、毎日でも行けるようです。)

3月中にあらゆるバイト関連のアプリを入れ、バイトを探し始め、4月に入ってすぐに面接に行き、即採用され、バイトをスタートしました。

ほんの数か月で、別人のようになりました。
子の成長は、ある日突然、小さな蕾が一瞬で花開くように、一足飛びに生じることがあるのだなと感じています。

娘はまだ15歳ですから、これからもたくさんの失敗を積み重ねていくと思いますが、自分で自分の人生を選び、様々な経験を積んでいけば良いと思います。
私に助けを求めてきたときは、どんなことでも、何があっても、助ける覚悟はできています。

私は、娘が普段は全く意識しなくても良い、常に当たり前にそこにある、強固な安全基地として在り続けたいと考えます。

その為にも、私は私のやりたい事、なすべき事をやりつつ、私自身の人生を楽しみます。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?