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東京五輪のトラウマを乗り越えて:女子ハンマーのディアナ・プライス(米国)

 試合後に選手に取材をするミックスゾーンでは選手はいろんな表情を見せてくれる。あふれそうな笑顔、怒りに満ちた顔、何が起こったのか分からないというような呆然とした表情で足早に立ち去る選手もいれば、涙でぐしゃぐしゃの選手もいる。

 いろんな感情が渦巻く場所、それがミックスゾーンだ。

 ちょっと遡るけれど2015年北京世界陸上でこんなことがあった。女子走幅跳で最終跳躍で米国のティアナ・マディソン(当時はバートレッタ)が7m14を跳んで、7m07の英国新を跳んだシャラ・プロクターを僅差で越して優勝した。シャラは7cm差で銀メダルだった。

 シャラは号泣しながらミックスゾーンに現れた。首にかけたタオルで涙を拭いていたが、溢れる涙は止まらない。
 悔しくて泣いているのだろう。そう思って「僅差だったね」と低めのトーンで話しかけると、意外な答えが返ってきた。

「違うの。悔しくて泣いてるんじゃないの。うれしいの」

 うれし涙!
 
 その泣き方は分かりにくい・・・。

 そう思ったのを鮮明に覚えている。

 ブダペストではうれし涙、くやし涙、思い出してこみあげる涙を見た。

 女子ハンマー投げで銅メダルのプライスは競技終了後からずっと泣いていた。彼女のそれはうれし涙だった。

 過去のトラウマと戦いながら世界に挑み、掴んだ銅メダルに喜びもひとしおだった。
 
 ドーハ世界陸上で金メダルのプライスは東京五輪でも金メダル候補だったが、米国の五輪選考会の前に足首を怪我。軽い捻挫だと思っていたが、野球ボールくらいに腫れ上がり、シューズも履けないほどだった。
 足首をかばった影響か臀部にも痛みが出て、満身創痍で臨んだ東京五輪は技術力で補い、なんとか8位に入ったが、テーピングがぐるぐる巻かれた足を引き摺りながら試合に臨む姿は痛ましく、試合後はミックスゾーンで泣き崩れた。

「こんなはずじゃなかったのに」

 いつも笑顔の彼女の涙は記者の心をえぐった。

メダル取ったよ!と笑顔


 ブダペストではメダル獲得に最初は笑顔だったが、東京五輪からの苦しみ、葛藤を思い出したのだろう。話をするうちに再び涙を流し始めた。

 東京五輪前の怪我はトラウマになり「今も乗り越えられてはいない」と話す。怪我をしませんように、練習通りの投擲ができますように。祈るような気持ちと勝負への強い気持ちを持ちながらサークルに入る。
 
「来年のパリ五輪に向けて、このメダルは自信になりますね」
 
 そう問いかけると、泣き笑いでこう答えた。
 
「子どもがほしいので、パリ五輪で引退をするつもり」

  これからの1年、パリでのメダルに向けて過酷な日々が続き、そこまでの過程で多くの涙を流すだろう。たくさん泣いてたくさん笑って、悔いのないラストイヤーを送ってほしい。

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