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さよなら透明人間(クーブラ・カーンのラブソング)

「君が欲しいーー
君があいつに脱がされている、
あるいは、
君が自分から脱いでいることを考えたために」
             エルヴィス・コステロ

君は私を誘い、
私に「あなたが欲しい」とも言ったが、
それは人目につかないバーの奥の、
人目につかないボックス席の、
人目につかない不倫小説の中盤で、
ウイスキーの渦に溺れてる時だけだった。
君は私の魂を、
「ビートルズ」のラバーの靴底や、
「ルー・リード」のロックンロール、
「ディラン」の車のダッシュボードやなんかで、
何度となく丸め込んだ。
君は今よりだいぶ若く、美しく、
男どものハートをバスドラムのように響かせたが、
私の言葉(状況上、「私の詩」でも)は、
彼らの薄っぺらなジョークでただ笑い、
部屋の隅に染みていくマルボロの煙じゃないーー
百年先の心変わりなど、私には、
とてもじゃないが、待てなかった。

一方、
君の言葉(個人的には、「君の言い訳」でも)は、
地面のない惑星で奏でる、
音のしないメヌエット、
つまり、まったくの矛盾だった。
嫉妬じみた、あるいは子供じみた、
(人によっては、狂気じみた、)
君の「スマイル」の中の陰気さが、
私たち2人を、孤独そのものにしてしまった。
会話では触れもしなかった私たちの、
「シュガーコーテッド・ラブ」も、
ベッドの上では、いとも簡単にできたっけ。
「みんな、目の前から消えて!」
と君は怒鳴るくせに、次の瞬間には、
あらゆる所でーー
バーテンが1人の深夜の退屈なバーで、
バイトが2人の深夜の居酒屋のカウンターで、
客が3人の深夜のレストランのトイレで
ーー理解者を探して回っていた。
君はフィリップ・マーロウを1ダース雇い、
エレベーターで、私を監視させたりもしたね。

誰もが思っていた、君は飲みすぎで、
いつかピンク色のインクを、
カーペットにぶちまけちまうだろうって。
取り巻きどもは、君の発言の一部(本当のも、
デタラメのも、)を切り取っては、
ポテチや、黒ラベル、
いいちこ、いいちこ用の氷、
冷凍食品のマルガリータピザ、
それから惣菜のテリヤキピザに、
レモン、塩、剥いてあるニンニク、
雑誌、フライパン、石鹸、
もう一冊(読みもしない)雑誌、
と一緒にスーパーマーケットの、
ショッピングカートに詰め込んでいった。
君が愛した男たちーー
アル中のアーノルド・シュワルツェネッガー、
アル中のダニー・デビート、
アル中のジム・キャリー、
アル中気味のジャック・ニコルソン
ーーは、どれもケチなヴィランどもで、
夜中の軽犯罪で、バットマンに職質されていた。
君がコスプレまでしたキャットウーマンの、
完成度を知らない街の若者にとって、
君は過去の人であり、
落ちぶれたハル・ベリーであり、
君にも訪れたんだ、
プライベートを切り売りする、
セレブな貧乏時代が。

素敵なワンピースを着ていたね、
ニッパーくらい尖った歯で、
ザクのプラモデルを壊すみたいに、
ご馳走を食べていたけど、
そんな生活も変わってしまった。
今の君は、殺風景なガレージで、
ページのない本を読み、
時々怒り狂い(おお、怖い)、
自らをなんとも奇妙な、
いかにも檻らしい檻に閉じ込めているだけだ。
まるでロバート・デゥバル演じる、
引きこもりの「マネシツグミ」ーー
無垢な兄と妹が、
その父を演じるグレゴリー・ペックに見守られ、
幼少期の想い出を夢に見る、
いつも隣には幼きカポーティも。
その姿があまりに感傷的で、
かつての仲間たちはショックを受けたが、
彼らの誰とも違い、
私は君をパンクロックのアイコン的な、
ひとつの伝説にするつもりはない。
君とは長い間一緒にいたし、少なくとも、
親友の真似事はできたのだから。
ただ、君が曲がる度に、
私だけが真っ直ぐ歩いているように見えただけだ。

透明人間に「さよなら」を言っても意味がない、
その姿は誰にも見えず、
みんなも笑顔で手を振るけど、
そいつは立ち去ることなく、
そこにずっと立っていたのかも知れない。
ラジオ好きな女の子なら、
失恋のことなどすぐに、
深夜のハガキのネタにするだろう、
感傷的な詩人が、自身の体験を、
コールリッジが夢の中で書いた
(なんとも奇怪な)『クーブラ・カーン』から、
着想を得て、(こんな)長い詩にする間に。
かつて、私たちの間には、
脳みそを茹で上げるような愛があって、
その熱は「ザナドゥ」の柱をも溶かし、
チャールズ・フォスター・ケーンのソリを燃やし、
一度は、骨になるまで、
焼き尽くされても構わないと思った私だが、
熱はやがて冷めるものだ、
食べ残した惣菜のテリヤキピザが、
それを、いみじくも証明した。
なにより、君は、私の宿命において、
最も素晴らしいミューズだったにすぎないのだ。

もう遅い、
もう手遅れなのだーー
擦り切れたラバーの靴底を修繕するのには、
2人で冬のボートウォークの下を歩くのには、
過去が題材でない詩を君に贈るのには、
私から「君が欲しい」と言わせるのには。

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