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派遣王女☆ウルスラ / 第10話(7,892文字)

■第10話■


バックトゥー・座・フューチャー PART3



扉絵



1頁 時計塔



アングイラーラ伯爵の領地
その城下町に時計塔がたつ
時計塔の裏側は一段高い台地になっていて塔の真下は連峰からの雪解け水の川が上流にあるアングイラーラ伯爵城を通って流れてくる
川は、時計塔の先の崖で滝になってノルドン城が浮かぶブラチャーノ湖へ流れでる
フリードたちがひそむ時計塔は水車が内臓されており、アングイラーラ伯領地からブラッチャーノ湖へ流れ落ちる水力によって街は稼働する
だがアングイラーラ伯領地はその水力だけでは電力は足りず、ノルドン城から電力を買っている
時計塔にひそむフリードは双眼鏡をだしてノルドン城を凝視する
ノルドン城は海のように広がるブラチャーノ湖のど真ん中に浮かぶ
正三角形をつくる三つの太陽からの陽射しがあたるブラチャーノ湖面は巨大な鏡のようになって光る。まるで湖面が四個目の太陽のようにまぶしい
太陽の位置は変わらない、その物理的な位置を利用したノルドン城は太陽光を吸収したそれを電力に変えるために真っ黒に塗られている


2頁 密使




北東の果てに住むザルツニルベン辺境伯からアングイラーラ伯爵領地に、農夫に偽装した密使が訪れたのは半年前のことだ
国王の間にて、ザルツニルベン公密使はアングイラーラ伯爵からの密約文を読みあげるのを見届けるとすぐに自害した
アングイラーラ伯爵が読みあげた密約文の内容はノルドン大侯爵の暗殺依頼だった
アングイラーラ伯爵は密約に書いてあるとおり三ヶ月のあいだひとりで悩みぬいた。密約文には「これのとおりに動かねばこの密約は世に公になる」と書いてある。断ればノルドン軍が押し寄せてくる。明らかだった。そのようにアングイラーラ伯はザルツニルベン辺境伯の謀略にかかった。他国の領主の暗殺をアングイラーラ伯正規軍は引き受けられない。アングイラーラ伯はフレディシマ国王に密使を送った。
そういった流れでフレディシマ国王軍の旧勇者討伐軍である現特殊第八軍907部隊にお鉢がまわってきた
掲示板に張りだされた紙には

《     急募
   ラザロ・ミッション
    人員3名、無給
    成功後完全退役
  終身恩給=内務大臣と同額
 承認保護プログラムにて全身整形
    新たなID発行     》

フリードたち三人は手をあげた
エンスイが街のはずれで小さなカフェバーをやらないかと誘ったのだ
エンスイは入隊直後からスミレに猛アタックをし
10年目でようやくスミレを落とした
みな三十路を迎えていた
スミレの胎には三ヶ月の赤ん坊が宿っていた
フリードの印象だと、スミレはエンスイのカフェバーの話に心を動かされたようだった
だが、あれから17年が経ったいま、改めてふり返ると……


3頁 三ヶ月前


三ヶ月前
休日
ボル=セナ湾の畔
特殊第八軍団の基地が偽装するルンゴ・マーレ浜離宮恩賜公園
フレディシマ海軍第七艦隊慰霊碑の見える噴水前のベンチにて

沈潜に耽っていたスミレは、唐突に口をひらく
「あの勇者討伐際の晩……のことなんだけど……」
「フリードあなた本ッ当に…なにも覚えていないの?」
フリードは頭をぽりぽりとかく
「三月前の、勇者討伐祭か…たしか三人で酒場で飲ん…」
「で…その…えっと…と途中までは覚えているんだが…」
スミレは顔を真っ赤にさせ
「エンスイが帰ったあと、わたしと…あなたが……」
「…ふたりきりになった、あのあとのことよッ!!」
「あの晩……えと……おれは……スミレになにか…」
「…失礼なこと…したのか?…したのなら…謝る…」

バシっ!!

スミレは泣きながらフリードの胸を叩く
「痛ッてーな!! いきなりなにすんだッ!!」
スミレは大声で泣き
「この鈍感!!」
「ノロマ!!」
「ふし穴!!」
「醜男!!」
「脳筋バカ!!」
「フェロモンなし!!」
「顔面ケロイド!!」
「薄情もん!!」
「この恋愛ずぶッ!!」
わんわんとわめくスミレ
フリードは公園で犬を連れてあるく通行人を気にし
「ほら、見ちゃだめよナナ」
母親や子どもの視線に困り果て
「ひどいなあ……」
フリードが頭をぽりぽりとかいた
その次の日、スミレはエンスイのプロポーズを受諾した



4頁 地図



機械室のなかは、無数の大きいな歯車が組み合わさるように回っているが、伯爵が「部隊」のために用意した掃除人によって油がさされ、時報の鐘のなる時以外は静かだった
時刻は深夜2時45分だが、窓の外は常に明るいが、万年日向の地方では常に厚い黒布で覆われている

三人はいつものように車座になって座る
フリードは胡座で
エンスイは子どものように尻をつけ足を前にひらき
スミレは横座りで片膝を立てる

エンスイは手書きの地図を広げる
「この日のために三ヶ月をかけて製作した」
「これがおれたちの最後の作品になる」

エンスイは人さし指を現在地にあてる
「ここが時計塔だ。真下がアングイラーラの城下町で、町を南北ふたつに割るキルリ川の上流にそってアングイラーラ伯城へつながる道に森が広がる。のぞいてみろ樹木に覆われた城壁が見えるはずだ」
フリードは西の窓を開けて双眼鏡でのぞく。川は森に消え、森にぽつぽつと城壁が見える。その城壁に沿って馬車が走る
エンスイは続ける
「その西がアングイラーラ伯城内の敷地だ。城内にあるこの小さな瓢箪の湖は通称『フタマタ湖』だが、この地図ではここまでだ」
エンスイはひとつ深呼吸をして、つづける
「これからが本題だ。まずこの馬鹿でかいブラッチャーノ湖のど真ん中に浮かぶ島の浮き島の城にどうやって侵入するかだ」
エンスイは地図のほとんどを占める円形の湖を指さす
自然の岩山なのか人工的に作られたのかは不明だが、浮き島はぜんたいが岩山でできており、敷地の大半はノルドン公爵家が教会と手を結ぶために領地へ招いた礼拝所や聖堂や修道院が長い年月をかけて建て増しをつづけた結果、歴代宗教が混淆した異様な重層建築様式の形になって島は妙な建物でひしめき合う。小島なのであらゆる建物は背の高い鐘楼と尖塔となって空へと突きでる。フリードがいる時計塔から浮き島をみると、膨らんだ剣山のように見える。上に行くほど教会や修道院は複雑化、大聖堂化して、窓から大砲が突きだし、それ自体が軍事要塞になっている。要塞化した岩の小島の水際には東西南北とその間の八方に船着場がある。その浮島の中央に天に突きだした槍のように聳えるのがノルドン大公爵城だ。

フリードは黙って腕を組んでいる。スミレは大きなため息をつく。
エンスイは笑って
「お二人さんよ、心配すんなって」
「こういうのは…、案ずるより産むがごとしだ」
フリードは訊ねる
「案ずるが、海が如し? どういう意味だ?」
「いくら悩んでも意味はない。ってことだ」
スミレはフリードを睨んでいう
「いくら愛していても…それをちゃんと伝えなきゃ」
「なにも伝わらないってことでしょ」
エンスイは笑って
「そう。おれがスミレにプロポーズしてなかったら…」
エンスイはスミレの胎をさすって
「この腹の赤ん坊は……存在してなかったってことだ」
フリードは頭をぽりぽりとかいて
「おれ、スミレにプロポーズしてりゃ、よかったかな」

バッコーン!!

「いっでえ!! いきなり、なにすんだッ!!」

「冗談か本気かどっちだ!!」
フリードは冷たい目をして
「冗談だよ」
スミレは顔を真っ赤にさせ、全身をぶるぶるとふるわせ
「……ほ本当に…冗談なんだね…」
エンスイは二人の中に割ってはいって
「まま、おふたりさん………このミッションが」
「終わったら、三人で平和に暮らしましょうや」

「さて、覆面での通常ルート、通行証での船制限、入境検閲、X線透視、ガチガチだ。それにあまりに陽射しが強く、万年晴れ、ブラッチャーノ湖の水蒸気で雲はできるがたちまち上空で蒸発してしまい雲はひとつもない。だから空からの侵入も不可能だ。夜もないしな」

スミレはいう
「私たちどうすればいいの?」

エンスイはわらい
「それが、あったんだよ。そうよ………」
「おれたちに不可能は………ないんだぜ」
エンスイはスミレにウィンクをする
「ここの住民はみな、朝飯食ってうんこして」
「寝て、また起きて、また食う……だろ」
「まあ、普通に生きてりゃあな。そうだろ」
「みんな水は飲むだろう。その水はどこから来る?」
「ゴミはどうやって処理するんだ?」
スミレはハッと気づく。フリードも事態を飲みこみ
「上下水道がどこかにあるってことか…」
「ビンゴボンゴ!!」
「ブラッチャーノの漁師に聞いた話だ」
エンスイは地図の浮き島にあてた指のさきを下へとずらし
「ここ、浮き島の南2キロの地点…」
「…わんさかと魚が取れるらしい」
スミレはいう
「浮き島の地下から下水口を通して」
「この地点に排出しているってことね」

「おれたちはこの下水から」
「城に潜入するってことか?」

ちがう。ここはおれたちの出口にする



「三人でおなじ行動はしない」
「罠にハマったらそれで終わりだ」

「おれたちが罠にハマるとしたら、それはひとりだ」
「ふたりはアウト。なぜなら………」
「退役後の話し相手がいなくなるから」

「そうだな」
「そうね」

よし、あとは何遍もくりかえしたので簡潔にいう



5頁 段取り



「明日は、世界的な祝祭日、勇者復活祭がある。その日は」
「浮き島の中央で空に異様な瘤みたいに出っ張ってるここ、ピエトロ大聖堂のサン・フランチェス大礼拝堂内でミサがある。テレビやネットでは世界同時生配信がある。なぜならこの日この場に、ラムザ=グレゴール正教会の総本山からラムザ教皇が訪れる。ラムザ教皇は史上初の女性教皇だ。対立する五大正教会と一線を画するためにグレゴール正教会にとっては世界に向けた絶好のイメージ戦略になる。ここでラムザ教皇の平和のスピーチ。5分間だ」
フリードはいう
「ここからがおれたちの出番だな」
スミレはうなずく。エンスイは話をつぐ
「世界の注目が集まるラムザ教皇のスピーチの後に、ノルドン大公爵が壇上に現れて、演説をする。自国の慈善事業をアピールするはずだ。警護についている特殊部隊が暗殺を未然に防げる程度の1分弱。20秒と見ておく。この20秒を狙う」

「盲目の修道僧と尼に変装して、このステッキをついて観衆に紛れサン・フランチェス大礼拝堂内に侵入」

フリードとスミレは、練習を積み重ねた慣れた仕草でステッキの柄を折って吹き矢にする

プッ

ふたりは毒矢を吹く仕草をする

「おれたちがどのテレビからも絶対に映らない位置、つまりカメラマンを昏倒させカメラの位置から吹き矢で標的を狙う」

「猛毒だから30秒で致死する。会場はパニックに陥る。その隙に逃げる」

「さて、出口への入り口はあそこだぜ。遅れるなよ」

エンスイは地図に火をつける

「決行だ」


6頁 侵入



フリードは盲目の僧侶に、エンスイはレプラの乞食に、スミレは知恵遅れの尼僧になって、検閲をかいくぐって入境をする

7頁 街中の壁




古代中世とずっと、まるで悪魔のいたずらのごとく各々の教会派閥や修道院の魔界像によってねじれた建物や曲がりくねった路地には史上初の女性教皇を一眼みようと、世界の17の領地からあらゆる人種が巡礼に訪れて、浮き島は活気に満ちる。携帯もトランシーバーもSNSも盗聴されるので、暗号連絡は、レンガの壁や柱を傷をつけてやり合う

ガルガン派の教会の壁には……

                     スチュアート派の壁には…

《退役したらいうと決めてた》                 

《なにを?》


《おまえが好きだってことをさ…》

                       《ばかいわないでよ》

《初めて、出会ったあの空軍基地で…》

                  《それ以上、もう書かないで!!》

《おれの心には最初からおまえしか…》

                  《それ以上、壁に刻まないで!!》



8頁 教皇のスピーチ



三人はサン・フランチェス大礼拝堂内に侵入するときには、大観衆の喝采に迎えられたラムザ教皇は話していた。三人は首尾よくカメラマンを昏倒させて、カメラマンに扮装し、カメラ越しにノルドン大公爵の登場を狙う

「…泥舟が沈むときに弟子たちは「先生《わたしたちが溺れ死んでもかまわないのですか!!》」とツンデレします。つまり弟子らはイヱスが自分たちのことには関心を示さず注意も払わないと思っているのです。愛する人がもっとも傷つくのは《わたしのことなんかどうでもいいのでしょう》という態度を感じ取るときです!!
フリードは自ら抱える2キャメとともにフリーズした。4キャメから視線を感じる。スミレはカメラでフリードを見つめている。ラムザ教皇はスピーチをつぐ
「ツンデレはあなたが愛する人を傷つけます。ツンデレはあなたの弱さを露わにしうわべだけの偽りの信念を暴きます」
フリードは全身が震えてきた
エンスイとの出会い…スミレとの出会い…ともにこなしてきた数々のミッション…ともに笑った日々が頭をよぎる
ラムザ教皇はいう
「ツンデレは《自分の心を殻にしまいこもうとする自分》なのです!!」

フリードは膝から崩れ落ち、涙腺からは大粒の涙がとめどなく溢れてきた
涙でなにも見えなかった。スミレに告っておけば良かった………嗚咽が込みあげ、しゃっくりがとまらず、胃から酸っぱいものがこみあがってきた。そんな時だった

プッ

フリードは我に返って壇上をみる

バタッ

ノルドン大公爵は壇上で倒れていた

スミレもエンスイも姿を消していた。サン・フランチェス大礼拝堂内はパニックに陥っていた

フリードはパニックに乗じて逃げる



9頁 罠



浮き島で最も歪んだ修道院の
薄汚い調理場のなか

フリードがたどり着くと、エンスイとスミレはすでに到着していた
「このダストシュートだ。のぞいてみろ」
フリードは顔を近づけると異様な悪臭が鼻をついた
鼻をつまんで首をつっこむ

ドロドロと黒く光る液体が底に見え、人間の死体のような影が横に流れているのが見える

おえ〜ッ!!
ダストシュートへ吐いて首をだすフリード

「おえ〜ッ!!」
また床に吐く

フリードは酸っぱい涙を拭き
「たしかに逃げられそうだ。行こう」
と顔をあげたそのとき、体が凍りついた

エンスイとスミレの真後ろに不吉な影

「はっはっはっは!!」
「そのダストシュートは我が島の出口ではあるが…」
「……君たちにとっては地獄の入り口だよ」

エンスイとスミレの真後ろには毒矢で暗殺したはずのノルドン大公爵とザルツニルベン辺境伯、それと震えきったアングイラーラ伯爵侯が立っていた

エンスイはふりむき
「どういうことだ」
ノルドン大侯爵は笑って
「はっはっは、君たちが殺したのは影武者だ」
スミレは顔を固まらせ
「アングイラーラ伯爵侯まで、なぜここに……」

ザルツニルベン辺境伯はいう
「アングイラーラ伯爵侯がだれかに脅されて、ノルドン大侯爵を暗殺する計画を企てている。このあいだそういう噂を耳にしましてね。それで、昨日当人のアングイラーラ伯爵侯に問い詰めたんですよ。そうしたら呆気なくかくかくしかじかだと自白しました。それも暗殺計画は今日、計画内容、地図はこれです。とぜんぶ私たちに報告していただいたという次第です」

スミレは激昂してザルツニルベン辺境伯を睨む

「ザルツニルベン辺境伯!! 嵌めたのね!!」
ザルツニルベン辺境伯はノルドン大侯爵に耳打ちをする
ノルドン大公爵
「がっはっはっは」
ザルツニルベン辺境伯
「そうです。それで世界世論は納得がいくかと」
ノルドン大公爵
「そうか、これでフレディシマ王国に……」
「宣戦布告をする正統な理由ができたというわけだ!!」
「がっはっはっは!!」
「きみという男は本当に頭がいいの!!」
「がっはっはっは!!」
ザルツニルベン辺境伯
「そのためにもアングイラーラ伯爵侯は生かしておくべきと」
ノルドン大公爵
「なんで? あへ?」
ザルツニルベン辺境伯
「…(なんで、こんなアホが大公爵なんだ、クソっ!!)…」
ノルドン大公爵
「ワシはそれは構わんが…」
「んで、ザルツ辺境伯はどう思うね」
ザルツニルベン辺境伯
「…(どうってなんだよ!!自分の頭で考えろよ!!)…」
ザルツニルベン辺境伯
「ええ、まずはこの3人は生かしてはおけません」
「ノルドン大公爵をの暗殺を企て…」
「……それを実行した張本人ですからね」
ザルツニルベンは笑って
「昨日、魔王と勇者を倒せる新兵器を開発しましてね」
「それを試しに使用してみたいと思うのですが……」

3人は近衛兵にダストシュートに突き落とされる



10頁 化け物



浮島のダストシュートの底
下水の溜まる地下

ヒューーーッ

ズボッ!!

沼のような下水に着地する

頭をあげる3人の前に暗闇で光る大きな目がちかづいてくる
巨大な影が迫りくる。吐く息は、ゴーゴーと秋の風のような低くつめたく唸る。汚水のそこの岩に鎖で繋がれているうえに足の甲に鉄杭が打ち込まれている。よく見ると、両手と両足が四本ずつあった。それらも壁に鎖で繋がれている。暴れるがタコのように全壁にへばりつく身体が盛りあがる。鱗がバラバラと落ちる

3人は後退る。フリードはいう
「これって勇者じゃないのか?」
スミレは答える
「むしろ勇者だったら好都合だわ、だって」
「私たちは勇者を討伐するために訓練された兵士よ」
エンスイは答える
「こんな種類の勇者や魔王は、どの世代の勇者年鑑にも載ってない」
「新たな新種の勇者か…ただの化け物か…」
「はははッ…そのふたつの混血か……」

巨大な化け物の影は、身体をつなぐ四つの鎖を引きちぎって襲ってきた。目は顔中にバラバラなところに8つあり、体のでたらめな場所から腕や足が飛びだしている。まるで転がる肉団子のようにこちらに迫りくる。近づくにつれ、そのあまりにも異形なかたちは鋭い輪郭をもち始め、女の裸の上半身に男の下半身になって迫る

スミレは顔を真っ青にしていう
「こんな怪物にかえてるわけない……ダメだと思う」
フリードは慄いた顔でスミレに訊ねる
「なぜだと思うか言ってやろうか?」
エンスイは笑って
「おれが言うよ、みんなそれぞれ見ているモノが違うんだ」
スミレは目を真っ白にさせて唇を震わせて
「ど、どう言うこと………」
フリードはいう
「みなが見ている怪物はそれぞれが最も恐ろしいと頭で描いた怪物だろ」
「それが勇者の前提条件だ」
「だがこいつは………」
スミレは、あまりのおそろしさで涎を垂らしている
「つまり、みんなが恐ろしいと思うものが………」
「それが今、渾然一体となって俺たちに向かってきてる」



11頁 エンスイ笑って死ぬ



エンスイは笑ってさけぶ
「よう、おれが言ったの言葉、おぼえているか?」
瞳孔が開ききったスミレは恐怖で言葉がでない
「………」
フリードは言葉を捻りだす
「え、なんて言ったか?」
エンスイは笑う
「作戦決行の直前の言葉だ」

「三人でおなじ行動はしない」
「罠にハマったらそれで終わりだ」

「おれたちが罠にハマるとしたら、それはひとりだ」
「ふたりはアウト。なぜなら………」
「退役後の話し相手がいなくなるから」

フリードは化け物に噛み砕かれる自分をふりしっぼって
スミレも化け物に食いちぎられる自分の姿をふりはらって

「そうだな」という
「そうね」という

エンスイは笑いをやめ

「二人とも正直になれよ………」
「一番の惨めなのはこのおれじゃねえかよ」

エンスイは笑って、手を払うようにふる

「ほら、はよ、逃げろ」
「逃げなさい……ほら、しっしッ!!」


フリードとスミレは手を繋いでトンネルを駆ける
フリードとスミレの後ろで男の声が聞こえる

「後ろなんかふりむかずに」
「2キロノンストップで走りぬけろッ!!」

薄暗いどぶの中で
伝説の兵士が化け物にむしゃむしゃと食い荒らされる影




第11話へつづく


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