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「もっと上手く書ける」@日記から抜粋コラム

700文字・12min

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四月六日(土)晴れ。


作家の境地について。
じぶんが「ある境地」に達した。
先日、それを感じた。
きっかけは丸山健二先生のことばだった。
「自分が作家として世に出ることは捨てなさい」
作家で生計を立てると決意した人間に対して残酷な一言だった。
昨日、野原綾さんの記事のやり取りをして、改めて村上春樹について馳せた。
「だれに向かって書くのか? 」は作家の大命題だ。
数年ぼくは商業作家でデビューをする前提で書き続けてきた。
先月のある日、突然ぼくは物語をするする書けるようになった。まるで魔法の壺から水がこんこんと溢れでてくるように。
ここに来て、ぼくに皮肉すぎる事件が起こった。
物語が書けるようになったいま、こう思うようになったのだ。
「この作品は落選するとかしないとかの問題じゃない。じぶんが満足する作品になればそれでいいや」
とりたてて、だれか(だれでもいいから)おれの作品を読んでくれ! と思わなくなった。
皮肉だ。だが、この境地は真実だと思った。
大作家である「丸山健二」「筒井康隆」「村上春樹」皆が口を揃えて言ってるのだ。ガルシア=マルケスだって言っている。文句の半分以上は記憶違いかもしれないが、大意はこうだ。
「才能は自分では制御できない。それはダムの決壊のごとく迫ってくる」

いまぼくはこう思うだけだ。
落選はべつに怖くない。
書けば書くほど上達する。
次の作品はもっと上手く書ける。

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才能はじぶんの目からは見えない。
だからこそ「他者の目」は必要だ。

じぶんでじぶんの才能など見えないのだから、他者にじぶんに才能がどこに眠るかを視てもらい、的確に判断してもらうしかない。
いまはそれが手軽にできる時代だ。


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