駄文作文:  『名誉ある僕の死について』③

外に出ると、息が少し白かった。

もうこんな季節か。思ってはっとする。
あと何回こんなふうに思うんだろう。同じことを繰り返す愚痴はマリみたいで、少し嫌気が差しながら。
でも、本当に、あと何度こんな日を迎えるんだろう。年老いても一人だったら流石に嫌だな。

「って俺、センチか。」

近くのコーヒー屋の少し重めのガラス扉を開ける。
店内には2組しか見当たらない。最近来なくなっていたのでわからないが、開店直後かもしれない。

ここにはマリとの昔の思い出も沢山あったが、記憶から押しやった。
テラス席もある近所の朝からやっているカフェなんて、ここしか知らない。

座ってブラックコーヒーとモーニングセットを頼んでから、テラス席を選んだことを後悔した。思ったよりも寒いかもしれない。
でも、今日はなんだか空気の循環するところにはいたくなかった。

普段はこんなことしないのに、僕は気づくと店内にいる人間の動きをじっと見ていた。
客はベビーカーを脇においたお母さんらしき人と、ちょうどリタイアしたばかりといった本を読む初老の男性。店員は店長と思わしきいつもいる40そこそこの紳士と、前髪をピンで止めた二十歳くらいの女の子だった。
ここにいる人は少ないが、色々な人がいる。一人一人みんな違う。違うことを考えて、違うことをしている。当たり前だ。
ここにはいない人を、僕は見ることができない。でも沢山の人がいて、それぞれの生活があって、違うことをして、同じ時を生きている。

そこでカフェオレが届いて、思考が中断された。
あれ、僕が頼んだのはブラックなんだけどな。しかし早いな。
僕は何も言わなかった。その代わりかは知らないが、バイトらしい大学生くらいの女の子は、「今日寒いですよね、ご自由に使ってください。」と言ってストーブをつけて置いて行ってくれた。

僕は店内に目を戻す。何も考えないと、人は同じ動作を繰り返すものらしい。あ、あそこは初めてマリが家に来た日の翌朝に、一緒に座った席だ。
模様替えをしたらしく、そこにはあの時座った椅子ではなく布張りのソファが置かれていた。それでも頑張ればあの日の二人が見えるようで、目を凝らしてしまう。


マリはでも、やっぱりいいオンナだった。僕一人では、マリがいなければ、この店を知ることもなかった。
あいつは、なんだかんだ優しかった。他人に多くを望むけど、その分自分も人によく尽くしていたように思う。

いつでもテンションが高かったのだって、僕が自分からあまり話すのが得意ではないと、付き合う前に相談したのを気にしていたのだろう。
僕はそれから、晃と夜を歩くようになって、最後の2年くらいはナンパも出来るくらいの男になっていたのだけれど、マリはずっと、僕の人見知り宣言を信じていたのかもしれない。

申し訳なくなってLINEを開く。そこにはいつものマリのアイコン。
マリの実家で飼っていたという今はもう亡くなった古田家の愛猫が、いつもと同じ少し寂しそうな目でこちらをみていた。


私が育ったのは、海も空も近い町でした。風が抜ける図書室の一角で、出会った言葉たちに何度救われたかわかりません。元気のない時でも、心に染み込んでくる文章があります。そこに学べるような意味など無くとも、確かに有意義でした。私もあなたを支えたい。サポートありがとうございます。