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バニラアイス・2・ペンの彼女

ぼくにとって、それは特別なことじゃなかった。

お酒は嫌いじゃない。
だけど、毎日毎日吐くまで飲まされていたら、お酒という存在が嫌いになってしまった。

悪いのは、お酒を飲ませすぎる相手であって、お酒自体にはなんの罪もないのに、お酒を見るだけでイラっとしてしまうのはなぜだろう。

…疲れているんだと思う。

仕事も嫌いじゃない。
だけど、間違ってもいないのに謝り続けていたら、仕事という存在自体が嫌いになってしまいそうだ。

悪いのは、理不尽を押しつけてくる相手であって、仕事自体には不満なんてないのに、仕事を辞めたくなってしまうのはなぜだろう。

…きっと、疲れてるから。

毎週毎週、片道3時間を運転して支店へ向かう。
支店長はそっちに自宅がある。
休み明けは車で出勤したいからといって、そのまま車で自宅に帰ってしまう。

支店へ行くのは仕事だし、そこに不満はない。
それに、3時間かけて運転して帰りたいわけじゃない。

支店長が車を使いたいなら、支店長が運転すればいいわけで、毎週毎週損をした気持ちになる。

疲れ果てて、新幹線に乗り込んだ。

新幹線の車内販売は、必要があるのかと疑問に思っていた。
大きなカートを押しながら何度も移動されると、なんだか落ち着かないし、なにか買えと圧力をかけられているとさえ思ってしまう。

駅に到着するまで、少し眠ろうかと思った矢先にスマホが震える。
口の中で小さく舌打ちをして、デッキへと向かった。

電話の相手は取引先で、問い合わせていた連絡先を調べてくれたという。
いつものように、ジャケットから手帳とペンを取り出そうとして、背筋がヒヤリとする。

ジャケットは座席に置いてきてしまった。
通話をしたまま戻るわけにはいかない。
でも、またかけなおすというのも言いにくい。

暗記できるか?
なんて、危うい選択をしそうになって、頭を冷やす。
仕方ない、一度電話を切るしかないか。

そう思った矢先だった。

スッと差し出されたのは、ペンとメモ帳。
驚いて視線を向けると、車内販売の女の子が笑顔でうなずいている。
ぼくは頭を下げながら、ペンを受け取って、メモをした。

電話を終えて通路を見ると、デッキの横のスペースで商品を並べなおしているその子を見つけた。

「ありがとうございました。」

1枚切り離したメモ帳は自分の手に、残りのメモ帳とペンをその子に差し出す。

「お役に立てたならよかったです。」

にっこり笑ってそういう。

「席にジャケットおいてきてしまって。」

「そうでしたか。
あ、お話は聞いていないですから。」

不意に焦ったようにそういうから、

「大丈夫ですよ。
本当に助かりました。ありがとうございます。」

頭を下げて、席に戻る。
席に戻ってから、ふと気づく。

「…これ。」

メモ帳にはかわいいイラストが描かれていて、ぼくはそのキャラクターをよく知っている。
とても好きなゲームのキャラクターだ。

さっきの彼女がカートを押してきた。

この声かけは、マニュアルがあるのだろうか。
男の人には酒やお弁当をセールスする決まりなのだろうか。

なんだかひどく疲れていて、こんな時には冷たくて甘い…そう思った矢先、

「バニラアイスもございます。」

彼女の声が、耳に響く。

「すみません、バニラアイスください。」

反射的にそういった自分に、自分で驚いた。

「ありがとうございます。」

にっこり笑ってバニラアイスをケースから取り出している彼女の胸ポケットには、さっきかりたペンが見えた。
そのペンには、やっぱりあのキャラクターが見えて、ニヤリとしそうになった顔をひきしめる。

これじゃあ、変態みたいだろ。
自分で自分を注意する。

彼女にとってぼくは大勢の客の中のひとりで、もしかしたらさっきのことも、彼女にとってはそれほど記憶に残ることではないかもしれない。

だから、ぼくもそれほど気にする必要はない。

だけど、どうしてだろう。
それから、彼女を見かけるたびにバニラアイスを買ってしまう。

この車内でしか買えない特別なものじゃない。
それに、普段だっていつでもアイスなんて買える。

もともと、甘いものが好きだ。
バニラアイスもよく食べていた。
ぼくにとって、特別なことではなかったはず。
家の近くのコンビニでも、見かけたことがあるのに、どうしてだろう。

新幹線の中で食べるバニラアイスが、ぼくには特別になってしまった。

今週も、車で支店へ向かう。
支店長は自分で運転すればいい。
その思いは変わらない。

だけど、帰りは新幹線だということに、なんだかソワソワしてしまう。

今日はあの子はいるだろうか?
あのゲームはやっているのだろうか?
今日こそ、話しかけてみようか?

そう思いながら、帰りは駅へといそいだ。

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