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傷心旅行・4・ブラックコーヒー

新幹線は順調に駅に到着しているけれど、この女は動かない。
降りる気がないのだろうか。
それとも、帰ることすら自分では決められないのだろうか。

だいたい、いつも誰かとべたべたしている。
仕事中も、お昼も、帰りだって必ず連れ立って会社を出ていく。

ひとりで過ごせないのだろうか?

…彼は一体、この女のどこが好きだったのだろうか。

車内販売が通りかかった時に、フルーツサンドが見えた。
生クリームがたっぷりで、大好きなフルーツサンドが無性に食べたくなった。

カートをみると、マフィンとチーズケーキもあったから、もちろん買った。
こうなったら、コーヒーにだってたっぷりお砂糖を入れよう。

甘い物食べなさそう。
コーヒーはブラックじゃないの?
その顔で、甘い物が好きとかいって、ギャップとか狙っちゃってる?

そう言われたのは、いつのことだったのだろう。

人は、勝手にイメージを作り上げているくせに、イメージと違うとこっちのせいにしてくる。
理不尽だ。

だけど、そんな理不尽にいちいち構うのが面倒になった。

ずっと気になっていたスイーツを、おみやげにもらっても、イライラして甘ったるいコーヒーを飲みたい時も、会社の中では我慢した。
イメージじゃないから。

そういえば、休みの日にケーキバイキングに行った時に、バッタリ彼と会ったんだっけ。

甘いもの、好きなんですね。
って、笑ってくれた。

否定されないだけじゃなくて、受け入れてもらえたみたいで、うれしかった。

隣の女は、朝から晩まで甘い物を食べてそうだけど。
女子はそういうものだから、なんて思ってそう。

家でも好き放題甘い物食べてんだろうな。
…ムカつく。

会社で配るお菓子だって、ちゃっかり食べてるし、コーヒーは苦くてお砂糖入れないと飲めませんとか言ってるのを聞いたときは、ケンカを売ってるのかと思った。

わたしが意地汚いと思われるのも嫌だから、車内販売は買うのかと聞いたら、いらないと突っぱねられて、聞いたことすら後悔する。

そうだよ。
せっかく親切にしてあげたって、この女はそういう女なんだよ。
むしろ、親切にされることが当たり前だと思ってるから、そんな風にしていられるだけ。

マフィンとチーズケーキを食べ終えたあとに、フルーツサンドをほおばる。

幸せだ。

そして、隣にいるのがこの女じゃなかったら、この上ないほどの幸せだったのに。

恨めしくなって、チラリと視線を向けた瞬間、

ぐるるるる…

隣の女のお腹が盛大になった。
真っ赤になったと思ったら、両腕でお腹を押さえている。

笑ってやったってよかった。
だけど。

「はい。」

フルーツサンドがひとつ残っている袋を差し出す。

「…は?」

案の定、その女はこっちを睨みつけている。

「あげる。」

「は?いらないし!」

派手にお腹を鳴らしておいて、そんなに強がれることが不思議だ。
それに、こっちだって、もう食べにくいじゃん。

「わたしもいらない。」

「なんで、いらないものもらわなきゃないのよ!」

言い争うのも面倒になって、隣の女のヒザにフルーツサンドの袋を乗せた。

「いらないなら、勝手に捨てて。」

そういって、反対を向いていたら、少し間を置いてカサリと袋の音が聞こえた。
もしかして、フルーツサンドを投げつけられるのかもしれないと、思わなかったわけじゃない。

だけど、

「おいしい」

隣の女は、ぽつりと呟いた。

そんなの、いつも食べてるスイーツよりも、ずっとずっと安っぽいんじゃないの?
どこのスイーツがいいだの、あそこはダメだの、ギャンギャン騒いでいるじゃない。

…だけど。

そんな風にだってできるんじゃない。
だったら、もう少し、そんな風にしてたらいいじゃない。

わたしたちが入社した時には、同期がたくさんいた。
うちの会社が数年ぶりに、新入社員を多く採用した年だったと、後から知った。

本当は事務職を希望していたけれど、営業に配属されてしまった。

気が強そうに見えるからという理由だけで、飛び込み営業はもちろんのこと、ノルマを達成するまで外回りをさせられたこともある。

人見知りで、不安で、何度辞めようと思っただろう。

それでも、もう少し、もう少しと踏ん張っているうちに、同期は次々に辞めていった。

女の子のほとんどは、結婚が理由だったし、男の子のほとんどは、キツすぎて耐えられないのが理由だった。

そして今、残っているのはわたしと、隣の女だけ。

あんたが一番先に辞めると思ってたのに。
それだけは、予想が外れた。

もし、あんたがもう少し話ができる相手だったら、長く残った同期だしって、たまにご飯くらい食べたってよかったけど。

わたしは、この女が一番好きじゃない。

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