傷心旅行・6・梅酒
新幹線を降りて駅を出たけれど、思ったよりもなにもない街に驚いた。
彼はこの街でなにをするつもりだったのだろう。
泊まるところは彼が手配するといっていたけれど、きっとキャンセルしているだろうし、ひとりで泊まるつもりもない。
帰りの新幹線のチケットを取らなきゃいけないと思いつつ、でもそんな気分にはなれなくて、ぼんやりと街を眺める。
さっき散々食べたから、お腹は減っていないけれど、きっとこんな時にお酒を飲んだらいいのだろうか。
というか、飲んでやろう!
そう思ったけれど、昼間からお酒を飲める店なんてそれほどなくて、焼き肉食べ放題という看板をみつけてお店に入った。
営業は飲み会が多い。
お酒は特別好きではない。
だけど、飲む機会が多すぎて、すっかり慣れてしまったけれど、おいしいと思ったことはない。
お店に入って、ビールとキムチを注文したところで、まさかあの女が隣に案内されてくるなんて。
あの女は、次々に注文をして、焼けたお肉を次々に口に運ぶ。
お肉の合間には、ビールとごはんという、わたしには信じられない組み合わせだ。
見ているだけで、胃もたれしてしまいそう。
子どもの頃から消化器官が強くない。
脂っこいものは特に苦手だから、正直どのお肉がどんなものなのかよくわからない。
「…しあわせ」
あの女が不意に呟いた。
そして、
「もう少し食べなさいよ!」
そういって、わたしのお皿にお肉を投げ入れた。
いらない、って断ったってよかったのに。
ほんとうは不幸のどん底にいてもおかしくないほどの気分の人を「しあわせ」にするお肉がどんな味なのか、知りたくなってしまったんだ。
「…おいしい」
見た目ほど、脂っこくなくて、本当においしかった。
それから、あの女はぶつぶつ文句言いながら、わたしのお皿にいろいろなお肉を入れてくれた。
「お肉、食べれるんじゃん。」
一瞬、なんのことを言っているのかわからなくて、じっとみつめていると、
「ニラむのやめてよね。
いつかの忘年会で、肉なんて食べられないっていってるの聞いて、ほんとムカつくやつだと思った。」
忘年会?
ぼんやりとした記憶をたぐりよせる。
いつかの忘年会で、もっと食べろと次々にお皿にお肉を乗せられた。
消化が弱いことは、知られたくなかったから、言われるままに食べ続けたけれど、途中で逃げたトイレで吐いてしまった。
「ニラんでない。もともと消化弱いの。
食べたくても食べらんないだけ。」
「え?」
あの女は、まん丸な目をさらにまん丸にしてこっちを見る。
あんたみたいに、まん丸な目してたら、みつめてたって「にらんでる」なんて言われなくてすむのに。
「忘年会のときは、吐くまで食べさせられただけ」
「は?」
「あの部長いびるの趣味だから」
「え?いつもめちゃくちゃやさしいじゃん」
「部長のクライアントに指名されたことあるから、仕返しでしょ」
「…はああああ!?」
「そんなの気にしてたら、やってらんないのよ」
なんて、本当に思えるかっていったら、そう簡単なことじゃない。
口ではいうけれど、いつも気持ちはついてこれない。
「なんで、いわないのよ!」
「なんであんたに言わなきゃないのよ」
「だって、だって…私」
「なによ?」
「…なんでもない」
「こんなにおいしいなら、もっと早くに食べてみればよかった」
「…会社の近くにも、おいしいお店たくさんあるけど」
「そうなんだ、知らなかった」
「お昼って、どうしてるわけ?」
「コンビニのおにぎりとか?」
「え?」
「外回りしてたり、相手の昼休みに合わせたりするから。
会社にいても、資料作ったり、メールチェックしながら、簡単に済ませてる」
「ふーん」
「接待三昧で飲み疲れてるから、プライベートで飲みに行く気にもなんないし」
「…」
「って、あんたにグチるなんてね」
思ってたほど、嫌なやつじゃないのかもしれない。
そういえば、ちゃんと話をしたことはなかったかもしれない。
くやしいけれど、同じ人を好きになったってことは、なにか似ている部分もあるのかもしれない。
なんて、いってるほど、思ってないし、気持ちもついてこれてないけど。
「梅酒でも飲んでみたら?」
「え?」
注文してくれた梅酒は、甘くて飲みやすくて、すごくおいしかった。
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