傷心旅行・1・可愛いわたし
「ごめん、結婚することになった。
今までありがとう。」
そのメールが届いたのは、新幹線の発車1分前のこと。
「旅行したい」といったら、数日後に彼にチケットを渡されたときには、舞い上がるほどにうれしかった。
昨日はわくわくして、眠れなかった。
どの服を着ようか悩んで、悩んで、荷物のチェックも何度もした。
可愛い旅行バッグも買った。
すっぴん風に見えるメイクも練習したし、可愛く見えるまとめ髪の練習もした。
それなのに。
確かに、ずいぶん遅いなぁって思ってた。
でも、きっと新幹線が発車する頃に乗り込んでいて、発車して不安になった頃には「お待たせ」って現れるんだと信じていた。
メールに気づいて、放心したと同時に、新幹線は出発してしまったのだ。
「すみません、席間違えてませんか?」
頭の上から降ってきた声に、びくりとして顔を上げる。
「え?」
「は?」
私に声をかけたのは、嫌ってほど見知った顔で、嫌ってほどというよりも、とても嫌な人物だった。
「は?なんであんたがここにいるわけ?」
「なんで、って、そっちこそ。」
いかにも仕事ができます風で、好きじゃない。
細身のパンツスーツに、ヒールをカツカツならしながら、髪の毛をかきあげて、どんどん昇進していく嫌味な女。
「意味わかんないんだけど。」
「こっちがいいたいんだけど!」
パ二くっているのはお互い様のはずだけど、向こうは一瞬周りを見渡して、ため息と共に空いている隣の席に腰を下ろした。
「なんで座ってんのよ。」
「うるさいわね。
迷惑なのがわからないの?」
そうやって、私がまるで配慮の足りない人間かのように扱ってくるところにも、イライラする。
「…そういうこと。」
スマホの画面を見つめながら、長い長いため息を吐き出して、そう言った。
「意味わかんないんだけど。」
「…相変わらず、バカなの?」
「はあ!?」
無神経な物言いが、気分を逆なでる。
「数股かけられた結果、捨てられたってことでしょ?」
「は?」
なにを言っているのか、理解ができない。
「初めから、旅行するつもりなんてなかったってことでしょ?」
そういって、自分の持っていたチケットをこちらに差し出す。
隣同士の席。
「…え。」
「私でも、あんたでもない相手と結婚するってことは、最低三股ってだけで、本当にはなん股かけてたかはわからないわね。」
「…。」
話している内容は、理解できる。
彼がここにいないだけでなく、チケットすら放棄している時点で、頭では理解している。
…だけど。
目頭が熱くなる。
視界が歪む。
熱い熱い雫が、ぼたり、ぼたりと太ももに落ちる。
「次で降りれば?」
ぼそりと呟く声が聞こえる。
頭が真っ白になって、なにも考えたくない。
彼はいつも「可愛いね」って言ってくれた。
「可愛いのが一番だよ」「可愛げが大切だよ」って。
だから、可愛くいたいと思って、頑張った。
年齢よりも若く見えるように、ファッションやメイクはもちろんだけど、体型維持も気をつけた。
「可愛い」って言われるグッズを選ぶようにしたり、料理もたくさん練習した。
それなのに。
「なんで、あんたなの?」
取り出したハンカチは、フチにレースがあしらってあって、いつか彼が「可愛いね」って褒めてくれたもの。
「こっちが聞きたいわ。」
だって、この大嫌いな女は、本当に私とは正反対なのだから。
仕事ができることが全てみたいな顔をして、少しのミスに対しても、鬼のように怒り出す。
出世街道を駆け抜けるように昇進を重ねて、仕事が生きがいみたいにしている、大嫌いな同期。
この女がいるせいで、私がまるで「ダメ」みたいに扱われることだってあった。
「同期なのに」平社員のままで、できることは事務仕事だけ、毎年毎年新人教育させられて、まるで先生にでもなった気分にさせられてる。
私が教育してるから、あんたたちは新人を即戦力として使えているのに、感謝するどころか蔑んでみてくる。
本当に、大嫌い。
こんな女を選ぶなんて、彼は本当にどうかしてる。
私が選ばれなかったことは、納得できないけれど、この女を選ばなかったことだけは、褒めてあげたいと思うわ。
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