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ミュージカル『イザボー』:どんな境遇にも、生き抜くことを諦めない。そんな力をもらった。

「カッコいい!」「潔い!」と心で叫び続けた3時間。

「カッコいい!」「潔い!」と心で叫び続けた3時間。
突き抜けたミュージカルだった。

望海さん演じるイザボーの生き様もそうだけれど、キャスト全員のパフォーマンス、音楽、演出、セット、全てが妥協なくこれまでに無い新しいものを作ろうという気概に満ちていた。

「私を私たらしめるもの」それは、女として生まれたことでも、王妃であることでもなく、その生き方そのものが「私」。
その生き様を見た上で、最悪の王妃とでも何とでも呼びたければ呼べばいい!という潔さ。ラストはカッコよすぎて思わず声をあげてしまいそうだった。

力強い楽曲に乗せて、望海さんはじめキャストの皆さん渾身の歌が絶え間なく畳み掛けるように継がれてゆく。高揚感が最後まで途切れず、ラストのあのシーンで最高潮に達して終幕する。
そして、たとえ絶望の淵に堕ちても、泣き腫らした顔を振り上げて、立ち上がるんだ。そんな力をもらって空を見上げた終演後の帰途となった。


時間軸を交錯させながら、壮大な歴史のうねりの中で生きた人間を描き、スピーディでありながら歴史の流れも説明されていく。
この感じ、上田久美子さん作・演出の『f f f -フォルティッシッシモ-』にも似ているなと感じて思い出したのが、そのポスターにあった「やるならやってみろ、運命よ。」というフレーズ。
イザボーも「何があっても、生き抜いて見せるわ!」と言い放ち、その運命を嘲笑うかのように強く激しく生きていく。
そう言えばfffの”謎の女”とイザベルの存在も少し似ているかも。


芝居の生々しさが光る望海さん

宝塚時代にも恐怖政治の独裁者とか、マフィアとか怪人とか、現代の現実世界なら犯罪者でもあるような人を数々演じてきた望海さん。
その望海さんが、そんな人物を演じるとき、”誰にも人を恨んだり妬んだりする負の感情はあるけれど、大人になるにつれてそれをコントロールできるようになって普段は内に秘めている。でも芝居をしていると自分にもこんな感情があったんだ、と発見しながら演じている” ということを仰っていたことがあった。

イザボーの生き様も希望と絶望、もがき苦しみ、策略と駆け引き… 生々しさに満ちていて、そんな望海さんにぴったりな役だったと思う。

終盤で晩年のイザボーとシャルル七世が会うシーン。
老いた身体と諦観した演技がまた秀逸。本当に年老いた女性に見えてしまうのが不思議。
望海さんにはこれからも、時代を生き抜いた女性の一代記を演じて欲しい。(瞳子さんが演じたMITSUKOとか、お似合いだと思う。)



心に突き刺さった「Glass Heart ‐ ガラスの心 ‐」のシーン

シャルル六世

「Glass Heart ‐ ガラスの心 ‐」のシーンは劇中で最も美しく、そして哀しいシーンだった。
照明が割れたガラスのように美しく光り輝くなか、歌詞では「お前を幸せにしてやりたかった」と、イザボーへの愛を歌っているのに、その手は彼女を傷めつけ、同時に自身の心も傷つけている…。
愛と狂気は、一人の人間の中に、同時に存在しうる。
そんな哀しい矛盾を見せつけられているようだった…。

国王の狂気の行為は、今で言えばDVだけれど、そこに同時に愛も存在しているから、逃げることも見捨てることもできなくなってしまう。
暴力や罵倒を、している側、されている側も、頭ではやめなくては、逃げなくては、とわかっていながら、却って心はそれとは裏腹に縛られてしまう。
もちろん許される行為では無いけれど、このシーンを演じている上原理生さんと望海さんは、先に書いたように、自分の中にある負の感情を呼び起こし、こうした行為と心を理解しようとしながら作り上げたのだろうな、それは辛い作業だっただろうな、と、そんなことまで考えてしまって…。
強く印象に残るシーンだった。

照明の使い方でもう一つ印象に残ったのが、イザボーがイギリスに嫁ぐカトリーヌに語りかけるシーン。
左右から斜めに照りつける強い光が、客席の左右の壁面に二人の姿を影絵のように投影していて、まるでイザボーがカトリーヌにかつての自分を投影し、幸せを夢見る少女と現実の自分の姿が多重露光で写し出されているように感じた。
演出にそんな意図があったのかどうかはわからないけれど、二人の影の横顔が美しくてとても印象的だった。


三重の螺旋構造のセット

その斬新さ、高速で回転しながらの場面転換のカッコよさは言うまでも無いけれど、ここで敢えて特筆しておきたいのは、そのセットを人力で押して回すスタッフの存在だ。
いわゆる黒子として、スタッフが観客にも見える形で舞台上にいるのだけれど、黒い衣装に身を包み、背中を丸めて頭を埋め、黙々と壁を押す姿が怪しげで、暗躍する陰謀や策略を背負った妖怪のように見えた。
単なる黒子にとどまらず、作品の世界観を表現する一要素になっていて、末満さん・美術の松井るみさんの手腕を感じさせるものだった。


観劇の予習に。桐生操 著「血まみれの中世王妃 イザボー・ド・バヴィエール」

こちらを図書館で借りて読み終えてから観劇に臨んだ。

中世ヨーロッパ、歴史の表舞台に女性はほとんど登場しない。政治的権力は男性のみの手中にあり、記録に残される歴史も権力者である男性を中心に語られるからだ。
しかし、そんな時代でも女性は確かにその人生を生きていたはずで、そんな時代だからこそ、生き抜くために力強く立ち回っていた。

”強欲”、”淫売”、国を売った”最悪の王妃”。
後にそうあだ名されるイザボーは本当に最悪の王妃だったのか。それを正しく評価するためには彼女の生涯を知らなければならない。

本書はそんなスタンスでイザボーに焦点を当ててその生涯をつぶさに描く歴史評伝。
そしてミュージカル『イザボー』も基本的には同じスタンスで描かれていたと思う。


本書の中で、ミュンヘンで過ごした少女時代、イザボーの趣味は鳥や花を愛で、育てることだったとあった。
王妃として権力を握り豪奢な生活を恣にしていた頃には、自分の宮殿に膨大な数の愛鳥のために壮麗な大鳥籠を建造したと。
そして晩年、世間から忘れられ過去の富も栄華も失ったイザボーを取り囲むのは、荒れ果てた館に残された大鳥籠の鳥たちだけだった、とも。

歴史上の事跡としてはほとんど意味の無いこうした記述。
270ページを超える本書の中でこの記述はほんの数行に過ぎない。
しかし作・演出の末満さんはこれを鋭く捉え、「Vanishing Dream -夢は消えて-」の一曲に昇華させていたと思う。
(※ 末満さんが本書を読まれたかどうかは存じ上げませんが、おそらく同様の史料を参考にされているのだろうと思います。)

… 幼い頃には自分が誰よりも幸せになると花や鳥たちに聞かせていた
でも今が幸せじゃないとは花や鳥たちには知られたくない … と切ない旋律で歌われる。

この一節で、最悪と言われたイザボーもかつては花や鳥たちに夢を語る無垢な少女だったことが伝えられる。
そして、言葉も通じない異国に嫁いできてからは、籠の鳥に自分を重ね、おそらく花や鳥たちだけが本音を語れる相手だったのだろうとも想像される。
でも、そんな花や鳥たちにさえ、今が幸せじゃないことは知られたくない。
”誰よりも”幸せになる、と夢見ていた負けん気の強い少女自身が、今は「幸せじゃない」ことを認めたくないし、他の誰にも認めさせない、負けを認めない強い意志が、小鳥から獣が目覚めたように、強く燃えたぎるように生きていくその後のイザボーへとつながってゆく。

他の曲が全て他者との駆け引きであったり決意表明であったり、外へ向けられた歌詞であるのに対し、「Vanishing Dream -夢は消えて-」唯一、イザボーが内なる思いを吐露するナンバーだ。
一人密かにその絶望と哀しみを寂寞のうちに解き放つように歌う。
望海さんの美しい歌声と表情に胸打たれた。
しかしその後のイザボーは、その絶望を、くすぶる炎に注ぐ油のように、負けるものかという意志を燃えたぎらせて生きていくのだ。


キャスト別感想

シャルル7世:甲斐翔真さん

少しハスキーな声が良い。
その微かな掠れが、時に若さ漲るエネルギーとなり、時に切なく心に響く。若き野望と不安に揺れる心理がよく伝わってきた。

個人的には黒死病として歌う「Black Death -黒き死よ-」が一番好き。
音程を取るのも難しそうな曲をリズム感よく歌い、高音シャウトもキマっていて、彼の歌のうまさが良くわかる一曲だと思った。

オルレアン公ルイ:上川一哉さん

声がとても魅力的。艷やかな歌声がプレイボーイな役柄に似合っていたし、でも、どこか孤独を抱える表情も持っている歌声だった。
歌もダンスも軽やかで目も耳も気持ちが良い!と思いながら拝見していたら、もとはストリートダンスの経験もあり、スポーツ万能らしい。納得。

ヨランド・ダラゴン:那須凛さん

今回始めて拝見し、観劇しながら、この方は演劇畑の人なのかな、と思っていたら、やはりそうだった。
望海さんと同世代くらいの方かと思ったらまだ20代。そしてこれがミュージカル初出演とはびっくり。
それくらい、望海さんと対等に対峙していたし、一時代を生き抜いた女性として存在されていた。

イザベル、ジャンヌ・ダルク、そしてカトリーヌ:大森未来衣さん

拝見していて、同じ位の年齢の頃の高畑充希さん(ピーターパンを卒業して他の舞台に出演し始めた頃)を思い出した。
劇場の空間を突き抜けて、真っ直ぐ届く美しい歌声。
身体は華奢なのに、芝居に対する情熱を感じさせる確かな演技。

カトリーヌがイングランドに嫁ぐシーン。不安そうだったカトリーヌが母イザボーに「それで、幸せになれる?」と聞いたとき、その声の中にイザベルが蘇った瞬間、ゾクッとした。


雑感

舞踏会の「C'est la vie!」のシーンと、ジャンのルイ殺害の弁明のシーン。
他のシーンはすべて黒尽くめ+望海さんの真紅のみなのだけれど、このシーンだけは色のあるアイテムが出てくる。
私としてはこれは興ざめだったな。
曲はあれぐらい突き抜けていて良いと思うし(作曲 和田俊輔さん曰く、「リミッターを外して書いた」)、舞台にバンドメンバーが登場するのも大歓迎。
だけど、中世ヨーロッパにそぐわないアイテムが突然登場するのは違和感があり(全体的にそういう演出ならば良いのだけれど)、せっかくの世界観が崩れてしまい、お芝居に没頭していたのに突如現実世界に戻されてしまう気がしてしまった。


ヨランド役は瞳子さん(安蘭けいさん)でも観てみたい。
キング・アーサーのモルガンで、同じ前田文子さんデザインの黒尽くめの衣装がお似合いだった姿が目に浮かび、妄想が止まらない。
瞳子さんと望海さんの対峙、絶対に観たい。
(ホリプロミュージカルの看板女優さんがナベプロの一大プロジェクトに出演するのは難しいかな。。。)



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