déjà-vu

 夏の日差しの強さを和らげる風に加え、庭でさえずる小鳥の鳴き声が耳に心地良く、薄暗く涼しい屋内でぼんやり夢うつつに身を任せていたアレクサンドルはふわりと体にかけられた布の感触にソファから反射的に上半身を浮かせた。
 肌触りの良い薄手のブランケットが突然空気中から現れるはずがない。ブランケットをかけたポーズそのままのシャルマンは、突然体を起こしたアレクサンドルがぶつからないように少し仰け反ってぱちくりとまばたいた。起こしてしまったね、とつぶやいた声は小さい。
「少し眠るのだろうと思って。余計なことをした」
 申し訳なさそうに姿勢を正すシャルマンに、アレクサンドルが同じようにまばたく。
「あ、いや、ごめん、ちょっとうとうとしてました」
「いやいいんだ。謝ることじゃない。眠たいのなら眠るのがいいよ」
 シャルマンはアレクサンドルの掠れた声に笑いながらテーブルに戻り、アレクサンドルの飲みかけの水のコップと近くのソファのクッションを取るとそばに戻ってくる。
 まだ薄ぼんやりとした意識のままのアレクサンドルはその姿を見守り、渡されたコップを大人しく受け取った。
「せっかく晴れてるのに」
「うたた寝日和じゃないか」
「人の家に来て昼寝するなんて」
「気にするな。私も客人がいようと眠たければ眠るよ」
 客人がいようと気にせず本を読み耽るシャルマンが放つ言葉に納得したのか、アレクサンドルは深く頷く。
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
 コップの水を飲み干したアレクサンドルは差し出された手に素直にコップを渡すが、その自分の行動に一度驚き、自分でやりますと慌てて立ち上がろうとソファの肘掛けをぐっと掴んだ。
「素直な君にはこのクッションも授けよう」
 浮き上がった上半身に押し付けられたクッションによりアレクサンドルの体はまた座面に沈み、夢の入口にいたときと同じく、背中を柔らかなソファにずっしりと支えられる。押されたせいだけではない体の重みを自覚し、アレクサンドルは手元のクッションをあらためて抱えた。大きめのそれは適度な硬さで腕の中に収まり、不思議と安心感を呼ぶ。
「寝不足かい」
「まあ、……いつも大体そうかも。このクッションいいね」
 腕が沈み込む感触を満喫しながら質問にどう答えたものかと考え、嘘をついても仕方がないと濁しつつも軽い口調で事実を述べた。
 アレクサンドルはコップを置きに戻ったシャルマンの顔を盗み見たが、それは変わらず柔らかい。かすかな安堵がアレクサンドルの喉を緩める。
「それはいけないね。睡眠は救いだ。ベルトは緩めて、靴も脱ぐといい。窮屈だろう」
「あんまり快適にすると起きられない」
 そう言いながらもアレクサンドルはクッションを腹に抱えたまま身を屈め、革靴の紐を解く。脱いだ靴を床に置くと、シャルマンがシューツリーを入れておくよとさっさとそれをさらった。
「ベッドに案内しないだけまだ優しい丶丶丶と思ってくれ。あと私に用意できるのはオットマン、モーニングコール、それと目覚めのお茶だ。なにがほしい?」
「あー、もし起きなければ、夕方には起こしてほしい、です」
「仰せのままに」
 さらわれた自分の靴を目で追いながら、アレクサンドルは諦めてくつろぐ姿勢をとる。せっせと世話を焼くシャルマンは楽しそうだった。
「ありがとうございます」
「存分にくつろいでくれ」
 ソファに沈み込みブランケットとクッションを整えたアレクサンドルは、すぐそこにある眠気の気配をたどりながらシャルマンを仰ぎ見る。
 アレクサンドルに向けられた満足げな顔は、晴れた日の眩しさに目を細めて喜ぶ姿に似ていた。
「おやすみ、子猫ちゃん」
「……おやすみなさい」
 目を閉じる前、頭に伸びてきたシャルマンの手がさっと引いていくのを横目で見たアレクサンドルは、まただ、とため息を喉の奥で殺した。誰かにそうしていたように自然と伸ばされる手は、いつもアレクサンドルに触れる前になにかに気付き戻っていく。
 随分手慣れた甘やかし方に誰かの影が付きまとうことを、果たして彼はどこまで自覚していて、そして自分はどこまでそれを聞いていいのだろうか。
 彼に甘やかされていただろう誰かの居場所を間借りしながら、アレクサンドルはその手の感触を思い浮かべた。

2023.10.29 初稿
2024.01.31 加筆修正