After one night,

 決して広くはないベッドで、隣で眠る人が寝返りを打つ振動に夢の輪郭が一気にぼやけた。先程まで素肌が触れ合っていただろう半身が嫌に熱い。寝返りを打ち背中を向けた相手も同じだったようで、汗が滲む背中にはブラックだったかブラウンだったか、濃い色の髪が張り付いていた。
 アレクサンドルは覚醒してもなお重たい頭と運動後丶丶丶の気だるく軽い体を持て余し、できるだけ静かに半身を起こし布団から体を脱出させる。汗で湿ったシーツは目覚めてしまえば肌寒い外気が恋しくなるほど居心地が悪かった。自分がいた分の隙間が空いた布団を、背中を晒す女に寄せる。
「……早いのね。外、まだ暗いわ」
「知らない男がいつまでも隣にいたらゆっくり眠れないだろ」
 背中を向けたままの女が、鬱陶しそうに自分の髪を肌から剥がし持ち上げた。まだ目覚めきっていない声音は夜の湿り気を帯びている。
「一晩分知ってるわ。例えば、ここが好きとか」
 伸びてきた女の指が剥き出しのアレクサンドルの腰をくすぐる。ぞわりと粟立つ肌をごまかし、アレクサンドルはその手を握って布団の中に戻した。「昨日と違ってお優しいこと」と枯れかけた声で満足そうに言った女の手は大人しく布団を握り、アレクサンドルが抜けた分の布のわだかまりを器用に自分に引き寄せていく。
「シャワー借りていい?」
 寝直す体勢が整ったのか女からはもう返事もなく、布団から出てきた手がシャワールームの場所だけ示して戻って行った。
 アレクサンドルは床に散らばる自分のものとも相手のものともつかないあれこれ丶丶丶丶を拾い、さっさと身支度を終わらせた。最近人気のソープの香りは甘すぎて得意ではないと、勝手に拝借したタオルを適当に放りながら考える。
「また連絡するよ」
 ほとんどが布団に埋まったままの女の頭に声をかけ、ついでに覗く耳に唇を落としてみるも、ベッドから持ち上がった手がひらひらと揺れるだけだった。が済んでしまえば冷たいものだと感心しながら、去り際、開封すらされていない郵便物の一つをめくって宛名を確認する。
 家を出てすぐ、アレクサンドルは頭の中に本日の道順をなぞる地図を思い浮かべながら、昨晩もらった連絡先の書かれたコースターに確認したばかりの名前と日付を書き添えた。いつも持ち歩く手帳と一緒にポケットに突っ込むと、この匂いは好きじゃないだろう、と自分から香る甘さに鼻を鳴らし、最終目的地の北部とは反対に位置する官舎を中間地点に設定する。次のシャワー丶丶丶丶丶丶までに空腹を満たそうと、頭の中の地図上の、この時間に開いているカフェを指折り数えて選定する。

2023.04.11 初稿
2024.02.07 加筆修正