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(長編童話)ダンボールの野良猫(七・二)

 (七・二)ノラ男いなくなる
 残されたノラ子は、ダンボールの中で寒さ堪えて一生懸命歌う。冬を愛する歌、少しでも冬が楽しくなるように、少しでも冬が幸せになる歌を。

『ダンボールの野良猫は
 冬でも夢を見る
 凍り付く眠りの中で
 待ち遠しい春のにおいを嗅いで
 まだ土の中に眠る
 草の芽の鼓動を感じながら
 土に融けた雪のかけらが春の陽を浴びて
 また大空へと帰ってゆく姿が見える
 冬だって、楽しい事は数え切れない程
 ほら探してごらん、きみの周り

 冬、ダンボールの野良猫が好きなもの
 雨を雪に変える魔法
 黒猫の黒い毛に留まる雪の白さ
 雪の夜の静けさ
 昼間のあったかくて眩しい陽射し
 クリスマスの街の煌めき、お正月のご馳走
 冬の街の賑やかさの中を
 ひとりぼっちで歩く時の
 丸で人間になったみたいな寂しさ
 涙のような星の瞬きの美しさ
 誰かの涙の音さえ聴こえそうな
 そして夜明け前の静けさ

 眠っているダンボールの野良猫の
 背に雪が舞い落ち
 気付かないうち融けてゆく
 ダンボールの野良猫の
 夢の中にも降ればいい
 ダンボールの家にも降り積もればいい
 ダンボールの野良猫は夢の中でくんくん
 雪のにおいを嗅ぐ
 夢の中で耳を澄まし、雪の歌を聴いている

 だけど真夜中の木枯らしが
 ダンボールの野良猫の夢を壊して
 ダンボールの上空を空しく吹き過ぎる時
 ダンボールの野良猫は
 寒さに震えながら目を覚まし
 ただ大人しく夜明けを待つ
 明日は春のにおいのする
 夜明けを待っている
 わたしはダンボールの野良猫』

 そしてクリスマスの夜が訪れる。ノラ男の言った通り夕方から雪が降り出して、街はホワイトクリスマス。ノラ子は大騒ぎ、胸を弾ませ、降り頻る雪の中で駆け回る。ところがノラ男は悲しげな顔で、じっと雪を見詰めているばかり。
「どうしたの、ノラ男さん。そんな浮かない顔しちゃって。さあ、雪と一緒に踊ろうよ」
 元気なノラ子に、ノラ男は仕方なさそうに付き合う。
「じゃ一回だけ。最後に思い切り踊ろうか」
「えっ、最後。それって、どういうこと」
「だから、これがきみとぼくのラストダンス」
「ラストダンス?」
「いいから、気にしない、気にしない。さ、すべてを忘れて、今夜は踊り明かそうぜ、ベイビー」
 ノラ男の言葉を気にしつつも、ノラ子はノラ男と手に手を取って、雪の舞踏会。雪も木枯らしも冷たいけど、二匹の野良猫は頬を熱くして、踊り続けた。
「ねえ、きみ。実はぼく、今度、人間に生まれ変わることに決めたんだ」
「えっ、何に生まれ変わるって」
「だから、人間」
「ああ、人間ね。遂に決意したんだ、ノラ男さん」
「うん。やっぱり人間になってさ、この世界を少しでも良くしたいから」
「えらーい。でも人間になったからって、必ず世界を良くすることが出来るの」
「それは分からない。でも野良猫のままでいるよりかは、遥かに可能性は大きくなると思うんだ」
「そうね。そうだ、よし。じゃ、わたしも付き合って、一緒に人間になる」
「ほんと」
「うん。わたしだって人間になって、たくさんの人の前で歌いたい。だってそれが、響子さんの夢だったんだもん」
「そうか。じゃ、人間に生まれ変われるように一緒に祈ろう」
「うん」
 こうして二匹は一晩中雪の中で踊りながら、人間になれるよう祈り続けた。
 翌日ノラ子がダンボールの中で目を覚ました時、世間はもう既にお昼時。ノラ子は体を起こし原っぱを見回してみたけれど、ノラ男の姿は何処にもなかった。ノラ男は、原っぱから姿を消した。

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