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(小説)おおかみ少女・マザー編(三・二十一)

(三・二十一)ラヴ子十五歳(その2)・真弓の死1
 その日授業が始まる前、まだ教室に真弓の姿は無かった。学校に遅れる時や休む日は必ず、真弓からラヴ子のスマホに連絡が入る。ところが今朝は、まだ何のメッセージも来ていない。ラヴ子は不安を抱かずにはいられなかった。
 どうしたんだろう、真弓?ラヴ子は胸騒ぎすら覚えた。まさか、何かあったんじゃ……。今直ぐにでも、スマホで真弓の安否を確かめたい。しかし生憎もう授業の開始である。
 ……本当にどうしたんだろう、真弓?気ばかりが焦るラヴ子の前にそして教室へと、担任の石原教師が姿を現した。石原は教壇に立つや否や、クラスの生徒全員に向かって告げた。その声は沈み、教室内を直ぐに重苦しい空気へと一変させた。
「急な話ですが、皆さん落ち着いて聞いて下さい」
 こういう場合は往々にして、ネガティブな話である。生徒たちは俄かにざわついた。ラヴ子もまた動揺した。まさか、真弓のことじゃ……?
「本当に突然の事ですが、昨晩、駒田真弓さんが不慮の事故で、お亡くなりになりました」
 ええっ?クラス中がどよめいたのは、言うまでもない。
「うそーーっ!」
 その中でもラヴ子の声が一際大きく、教室の隅々まで響き渡った。それはもう、絶叫とも呼ぶべきものであった。
「先生、石原先生!」
 ラヴ子は即座に席を立つや、石原に詰め寄った。そして泣きそうな顔で懇願した。
「嘘でしょ、先生!何かの間違いですよね?お願いだから、嘘だって言って下さい……」
 しかし石原の態度は、冷静沈着であった。
「斉藤さん。お願いだから落ち着いて下さい。みんなも、静粛にして」
 しかし落ち着いてなどいられない。ラヴ子は食い下がった。
「先生、なんで?なんで、真弓が死んだんですか?不慮の事故って何ですか!」
 しかし石原は力なく、かぶりを振るばかりだった。
「正直詳しいことはまだ、学校関係の私たちも、何も知らないの」
「うっそーーっ……」
 深い深ーいため息と共に、ラヴ子は全身の力が抜けた。そのままぺたりと、教室の床にしゃがみ込んだ。
「兎に角今、校長先生が情報を集めていらっしゃいます。みなさんはここで落ち着いて、続報を待ちましょう。では授業を始めます……」
 しかし勉強どころではない。このまま教室の中で、じっとしてなどいられない。ラヴ子は立ち上がり叫んだ。
「わたし、今日一日、お休みしまーーす!」
「待って、斉藤さん。戻ってらっしゃい……」
 そんな石原の声などしかし振り切って、ラヴ子は速攻で教室を飛び出した。息を切らし、そのまま真弓の家まで走り続けたのだった。

 ところが真弓の家の前に立っても、そこには誰もいなかった。ドアには鍵が掛けられ、中に人のいる気配もなかった。呼び鈴などないドアをラヴ子は何度もノックしてみたが、返事はなかった。
 どうしたんだろう?真弓のお母さんも、それからみんなも……。
 今更学校へなど戻れない。机に座って、勉強する気になど、とてもなれなかった。仕方なくラヴ子は真弓のアパートの前で、誰かが来るのを待つ事にした。
 街はまだ何事もなかったかのように、不思議な程静寂に包まれていた。

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