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小澤俊夫の「昔話の扉をひらこう」に学ぶ

ラジオは、NHKを付けたままで寝ているのだが、その時は深夜便の再放送で、小澤征爾のお兄さんが昔話の話をしていて聞こえていた。そして、その日(2月9日)の夕方、「小澤征爾逝く」のニュースが流れた。NHKは、知っていて流したのかなと思った。アマゾンですぐに注文して取り寄せて、読んだ。本の内容のいくつかがラジオで紹介されている。
筑波大や日本女子大でドイツ語・ドイツ文学の教授を務めた。学生のときにドイツ語の学習で、グリム童話を知り、それがグリム兄弟の創作でなく昔話であることを知り、もっと知りたくなって、柳田國男を訪ねた。柳田からは「ドイツだけでなく、日本のことも研究して」と言われ、昔話の教授になった。筑波大を定年退職後、昔話大学を個人で始めて、今は35もの教室を持っているという。93歳。本は、2022年1月26日初版第一刷。
何年か前に、野家啓一の言語に関する本を読んだときに、小説家と語り部の違いに、なるほど、と思ったことがある。建築家も、小説家的な建築家よりは、語り部的な建築家が求められているのではないかと、広島の建築家協会の集まりで話したことがある。そのときのテーマに通じる話のようにも思う。
言葉は、もともとは声であった。それが、物語となり、文字の誕生により文学が生まれた。こどもが、声でお話を聴くことは、世界が広がることに通じる。人と動物や植物がお話をしていても不思議には思わない。そして、いろいろな生き方を知る。その多くが、つらいことや怖いことがあるけど、最後はハッピーエンドになっている。知って安心したり、もっと知りたくなったりする。
昔話は、声から聴くもの。音楽にも似ていると。音楽も子供のころから楽しまれていたようで、大学院時代に作曲したピアノ曲「メヌエット」も紹介されている。(p.60)リズムの作りかたでも、物語と音楽の共通性、繰り返しと変化など、なかなか小説では味わえない心地よさがあるのだと、なるほどと思う。
章立てでなく、扉になっている。4の扉「声と言葉」では、ポツダム宣言の玉音放送の後に、父が言った言葉「この敗戦は、日本にとっていいことなんだ。日本人は長いこと、涙を忘れてきた。今、涙を知ることはいいことなのだ」が、紹介されている。父の言葉って、あまり思い出せないが、このように残っているというのも、すばらしいというか、羨ましい。
5の扉のところでは「語りの秘密」が語られる。同じ絵本をねだったら、何度でも読んであげてという。「現代、子どもは次々と新しいものを与えられて、とても危険に思います。子ども時代は、急いで知識を詰め込まれるよりも、魂の安定した成長の方がずっと大事だと思う。」(p.99)子どもの成長と言いながら、小澤さんの昔話の研究は、老いて学ぶことで、また安心や喜びに繋がっているのかなと想像した。
もちろん、6つの扉の後には、日本の昔話(つる女房、三年寝太郎他)も、グリム童話(灰かぶり、ろばの子他)(小澤俊夫訳)も採録されている。
エピローグのような親子鼎談で、孫の言語習得について、語り合っているのも、面白い。4歳や5歳で、いきなり聞いた言葉がどうしてしゃべれるのかと。ドイツ語と英語、日本語の環境にいて、子どもは言葉を聞いて、高度なコミュニケーションができるようになる。健二(次男)は妻がアメリカ人ということもあって、こどもたちは、バイリンガルで、英語では、子どもでもよくyouを使うが、日本語ではあまり使わない「君」を連発するとか、また、話始める前に「ちょっとなんか言うね(I tee you what)」と言うとか。最近の日本の小学校で、英語を教えるようになったが、意味があることか、改めて疑問に思った。
ドイツ語学者の、1年前の92歳の声を聞き、まだまだ、教育者として現役で活動をされていることに、勇気づけられた。また、小澤兄弟は、すばらしい両親のもとで育てられ、彫刻家、言語学者、音楽家、エッセイストと、感性の豊かさをもち、それが仕事に生きている、かっこいい4人ということを知った。


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