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帰ってきちゃったパートナー 頭の中まっ白編

(私を置いて)2か月の予定で出国したパートナーが突然の国境閉鎖に見舞われてから既に5ヵ月が過ぎようとしていた。

30倍の競争率を潜り抜け漸く隔離ホテルとフライトチケットの両方を得るまで、私たちはありとあらゆる手を考えた。ここに全ては掲載できないが、例を挙げると、先ずは純粋に航空券と政府の指定した隔離ホテルの予約。2週間に一度の隔離ホテルの抽選。それを予約した段階で初めてフライトチケットの購入が出来る。毎回30倍の倍率にトライしてきたが無理だった。

次にプライベート旅客機。その当時12人乗り小型旅客機、二人のパイロットとフライトアテンダント付きで、一人頭数百万円。それでも1か月以上待たなければいけなかったので却下。

そしてボート。あちらで小型ボートを購入して何人かで運転して2週間かけて入国。そしてこちらでそのボートを売却。2週間海上で同じボート中に居れば2週間の隔離と同様とその当時はみなされていた。(その後実際にこの方法で帰国した人たちがいて、ルールが変更) しかしボートの購入や人集めに2週間分の食料など準備が大変な事と嵐の季節になってきたので断念。

最後が一番現実的で簡単だと思われた日本で落ち合うためのプロポーズ大作戦。しかし(結婚披露)パーティーが出来ないという事で撃沈。

そうこうしている間に、偶然にも1月の終わりに隔離施設ホテルの抽選に当たり、フライトチケットの購入にありつけた。これで終わる!やっと新しい生活が始められる!と私たちの心は一気に活気に満ちた。パートナーは細心の注意を払い極力外出を控えたのは当然の事。これが未接種者が飛行機に乗れる最後のチャンスだったのでこれを逃したら本当にもう後がなかった。

そしてフライトの二日前、のどが痛いと彼は言い始める。簡易テストのキッドがそのころ手に入れるのが大変難しく、近所の人が数時間並んで手に入れてくれた。空港に行ってから陽性反応が出ても遅すぎる。賃貸の家は空港までシャトルバスで2時間、家も最後の引き渡しを待っていたのでどうしても空港に行く前に知っておく必要があった。

そして見事に陽性反応が.... 二人とも目の前真っ白で一気に泥沼に引きずり降ろされた気分だった。

その後高熱、頭痛や倦怠感に見舞われ唯一のお友達と呼んでいた野生動物達からは一切の助けも得られず、短期間のご近所さんやお世話になっていたマッサージシャンの方に助けてもらって難を逃れる。(最後はお誕生日パーティーやご近所の集いにも呼ばれる)

でも倦怠感や目まいが長らく続き、ワインを飲まなくなったせいもあったのか10kg以上体重が減った。どのくらい本調子でないのか尋ねると、「1.5kしか泳げなかった。30kmサイクリングがしんどかった....」

確かに野生には戻れないだろうが、私には未知の世界なので却下。

お陰様で、彼の思うレベルに到達するのに時間はかかったものの、彼は完全復活し、そして折よくも納得のいく新しい注射がオーストラリアに上陸したのでそれを摂取。そして4か月後の5月に10か月ぶりに涙の再会を果たすのである。

彼は最後の4か月の間、孤独に飲み込まれずに心身ともに健康でいることにフォーカス。私はと言うと、実は泥沼から這い出る事が出来ず、ただただ、誰かが私の人生を変えてくれることだけを持ち望んでいた。哀れの一言である。

2週間後の7月4日にまたお立ち寄りくださると嬉しいです。



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