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自分だけの可笑しみ

その日、久しぶりにカフェでモーニングを食べました。

会社へ向かう途中、ふと寄り道をしたくなり、
お店の前に掲出されている、トーストとゆで卵のセット写真に吸い寄せられるようにして店内に入りました。

モーニングが大好きだったのに、外食の機会もめっきり減ってしまって何だか久しぶりです。

レジでトーストとゆで卵とホットコーヒーのセットをオーダーし、カウンターで受け取って、窓際の席に座りました。

窓の外のアスファルトに跳ね返る雨を見ていると、家を出たときよりもさらに激しさを増している事がわかります。

また大雨警報が出そうだな。
物憂げな雰囲気を装いながら、手元のトレーにふと視線を落としてみると、小さな器にコロンと入れられたゆで卵と、納豆のタレほどの小袋に入れられた塩が目に入りました。

塩といえば小さな瓶に入ってテーブルに置かれているイメージでしたので、最近は違うのかそれともカフェによって違うのかはわかりませんが、へぇっ、こんな塩もあるんだと、ちょっとした驚きがありました。


私は、ゆで卵の殻を割って取り除いた後、その小さな塩の袋をピャッと破きました。



ファサァ。


勢い余って飛び散った塩は、曲線を描きながら、私の胸元と膝に舞い落ちました。


朝から自分清めてもーたわ。


なーんてね、デュフフ、おもろっ。


お手拭きでこぼれた塩を拭って掃除をしていると、1つ席の離れたスーツ姿の男性と一瞬目が合いました。パソコンを開けておられますが、打つ手が止まっています。

私はその男性の視線によって、ひとり盛大にニヤついている事に気が付きました。
もしかすると、声を出して笑っていた可能性すら否定できません。

とにかく訝しがられているという確信がそこにはあり、『あの人から塩撒かれそうな勢いだわ、なーんてね』と考えてしまって、またひとりくくくっと笑を堪える悪循環。


気をつけないと、妄想激しめの自分が漏れ出てしまう。

私は真顔になって、さも何事も無かったかのようにカバンから仕事用のノートパソコンとスマホを取り出し、体色変化するカメレオンのごとく、朝のカフェ風景という社会に溶け込みました。


それから数ヶ月後、実家に帰省した時の事です。

晩御飯の準備をしていると、ふと背後から笑い声が聞こえました。

「ふ、ふふ、ふふふふふ、ふっ」

恐怖。

振り向くと母が何やら壁の方を見つめてニヤついます。
視線の先には、“ワクワクサロン”と書かれた手作りの2021年壁掛けカレンダーがありました。

そういえば、毎年地域の老人会で作ったカレンダーをキッチンに掛けてたっけ。

いや、にしても何がおもろいねん。

まだひとり笑っている母を横目に、何かおもしろポイントが隠されているのかとカレンダーを凝視してみたところ、ある言葉と絵が目に入りました。

【今年モ〜笑顔で!!】

ショッキングピンクのペンで書かれたそれの“モ〜”の文字だけがネオングリーンというサイケデリックな色の組み合わせ。
文字の周囲には、それと相反するテイストの牧歌的な牛の絵があしらわれています。

『牛だけに、なーんてね』

この駄洒落を思いついた時、間違いなくそう思ったはずです。

「これ、面白いと思わん?」

キッチンの窓からさしこむ、燃えるような夕日の赤に照らされた母が、満面の笑みをこちらに向けていました。
私にとってはクスリとも笑えない駄洒落ですが、自分だけの可笑しさと、それに対する愛情に満ち満ちた表情をしています。

そこにはともすれば[ALWAYS 3丁目の夕日]の一幕に匹敵する美しさがありました。
見てないけど。


「最高やな」

私がそう返すと、だよね、という顔をしておもむろに2階へと上がり、保管してあった過去11年分のカレンダーを私に見せてきました。

戌年には【新年嬉しいワン】
未年には【おメ〜でたい】
寅年には【今年は何事にもトライ】

11年間ひっそりと壁にかけられ、私が見過ごしてきた、珠玉の駄洒落たち。

破壊的な創作センスの無さはさておき、それらは母にとって大切に残しておきたいほど思い出深いものであり、お気に入りであり、きっとひとり笑いながら作ったものに違いないと思うと、身に覚えしかありません。

わかるよ母、それって最高に可笑しいやんね。


今年の夏、親友と、その子供たちと一緒に動物園へ行き、みんなでいろんな動物のスケッチをした時の事です。
私は家に帰ってその日スケッチしたワオキツネザルの絵を見ながら、おっとこれはすごいアイデアかもしれない、という閃きを得ました。


最近みんながよく言う爆誕ってやつじゃない?

そんな君の名は【たわしっぽ】

動物の後ろ姿の壁掛けプレートに、しっぽがタワシになった生活雑貨です。



先にお断り申し上げておくと私は至って真剣です。

早速イメージをスケッチし、たわしを製造されているメーカーをネットで検索し、国内では和歌山県が産地なんだという事を知り、棕櫚のたわしは高級なんだなという事を知り、パーム製の安価なものが主流なんだという事を知り、親友にたわしっぽの話をし、ちょっと困惑されたところがイマココ地点です。

最近思うのです。

息の詰まるような毎日に、自分だけの可笑しみを1つでも多く、妄想し、想像し、創造する事は、自分自身を巣喰う、いえ、救うものになるのかもしれないと。

たわしっぽ、やっぱりクラファンで爆誕かな〜。
デュフフ。

#日記  , #エッセイ , #駄洒落 , #妄想 , #可笑しみ , #笑い , #商品アイデア , #クラウドファンディング , #母 
















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