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想像を絶する邪淫さと尊さ

『日本ノ霊異ナ話』伊藤比呂美

写経中に欲情する男、蛇にレイプされる女、天女像に射精する修行僧……独自の言語感覚でエロスを詩的に表現する詩人であり小説家でもある著者が、難解で知られる日本最古の仏教説話集『日本霊異記』を下敷きにして現代の物語を創造した。黎明期の仏教が教える人間の「性と生と死」を高度な作品世界に蘇らせ、大きな反響を呼んだ連作短編集。

『日本霊異記』のパロディ的作品だが、オリジナルもかなり際どい仏教説話。伊藤比呂美は「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」でも翻訳していた。オリジナルよりさらにエロスを極め、欲望が渦巻く。女性の根源的欲望を描いた古典ポルノグラフィーという趣。

『乳やらずの縁』

いきなり子育て放棄の母セックス好きの女の地獄絵図。ポルノグラフィーかと思うぐらいの過激な描写。伊藤比呂美ならではなのかな?でも即物的だからかえってやらしさはないのかも。ギリシア神話とかのエロスは関係性だからかえってそっちのほうがエロい。人それぞれだと思うが。一切が空ではなく、一切が欲みたいな。

『邪淫の葛』

この説教は赤松啓介『差別の民俗学』にも出てきた話。この語り手、景戒は薬師寺の修行僧で、彼が集めた民話が元の仏教説話であった。聞き書きといってもいいと思う。各地の民話を聞き、それを元に説教にしたものだ。だから元の話は被差別部落に伝わるような異端集と言えるかも。動物霊(蛇・狐)が出てくるのも、そんなところ。仏教以前の霊性の世界を仏教のお経で鎮めるというような話。

『肉団子』

これも凄い話で、子供を生んだら肉団子だったという話。前世が良くないんで、それで僧侶が救う。

『山桑』

これも凄い話で高い桑の木から落ちたときに蛇がくぼ(窪)に入り込んで病に陥る少女の話。これなんか即物もいいところで、関係性なんて考える余裕もなくすっぽり入ってしまうのだ。邪淫の性は、蛇と決まっているのか?

『天女の裳裾』

これが一番おもしろかった。天女(実際は朽ち果てた像なんだが)を夢見てオナニーをやめられない僧侶がその裳裾に精液をかけてしまった。それを民衆に咎められるのだが、高僧は願えば思い通りになるという信仰に繋げる。ヴァーチャルの現実化の喩えの説教にしてしまう景戒が面白いのか?

『蟹まん』

これもとんでもない話。不殺生を実勢している女性が、蟹を取っている下層民に蟹を放して上げなさいとその代わりに自分の持っているものを与える。海岸だったら亀になるんだろうけど、ここは山だった。

そして、蛇になった老人が蛙を飲み込むのを見て、それも妻になるからと言って助ける。しかし、蛇は怖いので家を戸締まりして隠れていた。その周りを蛇が這っていく。けっこうホラーだな。

邪淫の夢で蛇がクボに入って絶頂感に達する。しかし、蛇はずたずたになって切り刻まれていた。クボに入っていた、蟹が鋏で切り刻んだのだ。どこに説教があるのかわからないけど、助ければ恩を返してくれるということなんだろうな。でも子供には話せません。

『よきこと』

最後の「よきこと」は女性天皇だった安倍内親王のゴシップというかスキャンダル。それが民衆の歌によって暗示されたという。皇太子が次々に愛人によって殺され、最後は道鏡のマラと「門(と)・つぐ」という表現。道鏡の巨大マラでふさぐという意味で、男女の交合の「くながふ」とは違って即物的な表現だ。

天皇をこき下ろしながらも、「よきこと(二)」では語り手の景戒の「恥ずかしい、あさましい」自意識が繰り返される。この世界に対して、のたうち回っているのだが、それでもいつかは解脱すると信じている。それが信仰なのだ。そこがじ~とくる。景戒は俗物の僧で、狐憑きにあって、子供や馬が死ぬのだが、それでも仏を信じる尊さ。


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