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夫の死に様よりも、妻の生きる道

『妻たちの二・二六事件 - 新装版』澤地久枝 (中公文庫)

二・二六事件で“至誠"に殉じた熱血の青年将校たち。遺された妻たちは事件後、どのような人生を歩んでいったのか。困難な取材をねばり強く重ね、文字通り足で歩いて検証した、もう一つの二・二六事件。衝撃と感動を呼ぶ、ノンフィクションの金字塔。
目次
一九七一年夏
雪の別れ
男たちの退場
燃えつきたひと
花嫁人形暗き陰翳
余燼の中で
秘められた喪章
母としての枷
西田はつ聴き書き
生けるものの紡ぎ車
辛酸に堪えられよ
過去への旅 現在への旅

松本清張『昭和史発掘』の副読本として読んだのだが、清張と違った視点で面白かった。例えば松本清張では貧困の農家出身の部下思いの上官であった安藤大尉は、ここでは家庭を顧みない軍人としての夫として駄目出しされる。それは妻が平凡な家庭を望んだのに大義の為に妻への愛よりも愛国を選んだ。それは安藤大尉が軍に入り浸りなのを家庭が上手く行ってないからと噂されるのが何より辛かったという妻の弁。

また松本清張では駄目な人に上げられて西田悦も夫人から見れば理想の夫であり、夫人から見て事件から数十年経っているのに、未だにその闇を掘り返そうとすると言って、著者を批判しているのだ。そういう言葉もカットせずに入れたことで、著者である澤地久枝の誠実さも伺える。ただ女たちに肩入れし過ぎだと思ってしまうのは、今まで男の作家の書くものしか読んでなかったからかもしれない。妻からの視点というのは、こんなにも違うものかと考えてしまった。

2.26事件で処刑された男たちの戦争はそこで終わるのだが、女(妻たち、愛人も含む)たちの戦争はそれ以降も続いていくのであった。逆賊とされながら叛徒の熱血な青年将校の一途さに比して、女たちのドラマは多様性に富みそれぞれの闘いがあったのだと知らされる。彼女らのドラマは夫が処刑されたからと言って終わるものでもなかった。例えば青年将校たちが娶った妻は20前後で軍属という家柄によって結婚させられ、また夫が逆賊だからと実家から離縁させられたり、日記を読んで愛人の存在を知ってしまったりする妻もいた。

その前に読んだ歌人の齋藤史の父の斎藤瀏を描いた『昭和維新の朝』工藤美代子も歌人である齋藤史という存在がありながら処刑された父・斎藤瀏の軍隊時代の話が半分以上で退屈してしまう。

当時は何よりも家柄が重んじられていたから妻というより嫁という立場が尊重される。なによりも戦時で崩壊していくのはそのようなシステムだったのではないかと考えさせられる。戦時における夫の死に様よりも妻の生きる様(生き様とは「死に様」からきた言葉で本来使われるべきじゃないとか偉い人が言っていたような)を描いた良書。

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