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『ヴェルクマイスター・ハーモニー』メタファーとしての鯨

『ヴェルクマイスター・ハーモニー』(2000年/ハンガリー=ドイツ=フランス/モノクロ/146 分/)監督・脚本:タル・ベーラ 出演:ラルス・ルドルフ、ペーター・フィッツ、ハンナ・シグラ、デルジ・ヤーノシュ


破壊とヴァイオレンスに満ちた、漆黒の黙示録
ハンガリーの荒涼とした田舎町。天文学が趣味のヤーノシュは老音楽家エステルの身の回りを世話している。エステルはヴェルクマイスター音律を批判しているようだ。彼らの日常に、不穏な“石”が投げ込まれる。広場に忽然と現れた見世物の“クジラ”と、“プリンス”と名乗る扇動者の声。その声に煽られるように広場に群がる住人達。彼らの不満は沸点に達し、破壊とヴァイオレンスへと向かい始める。全編、わずか37カットという驚異的な長回しで語られる、漆黒の黙示録。扇動者の声によって人々が対立していく様は、四半世紀前の製作ながら、見事なまでに現在を予兆している。
世界に衝撃を与えたラディカルでパンクな傑作が4Kで蘇る。
『ニーチェの馬』を最後に56歳という若さで映画監督から引退したタル・ベーラ。伝説的な7時間18分の『サタンタンゴ』の直後に発表され、日本での初劇場公開作となった『ヴェルクマイスター・ハーモニー』が4Kレストア版で蘇る。本作をきっかけに2001年にニューヨーク近代美術館(MOMA)でタル・ベーラ監督の特集上映が組まれ、ジム・ジャームッシュ、ガス・ヴァン・サントなどを驚嘆させ、同年のヴィレッジ・ヴォイス誌が選ぶベスト・ディレクターにデヴィッド・リンチ(『マルホランド・ドライブ』)、ウォン・カーウァイ(『花様年華』)と並んで、タル・ベーラが選出されるなど、世界に衝撃を与えた記念碑的作品である。ファスビンダー作品のミューズとも言えるハンナ・シグラが物語の重要なカギを握る役で出演しているのも見逃せない。

タル・ベーラは三本目だが、この映画が日本初公開だったのか?最初に『ニーチェの馬』の衝撃も、『サタンタンゴ』の芸術性も体験済みだったので、この映画はタル・ベーラの映画としては面白いが通常の映画と同じように見ると退屈してしまうかもしれない。

まずタイトルがよく分からなかったが音楽理論ということだった。

たぶんそれは映画理論とメタ構造となっているのだろうが、その音楽理論よりも最初にタイトルで思い浮かべたのがゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』であり、そうした物語が通用しない世界での突然の悲劇というべきものなのかもしれない

それはいま起きている世界情勢であるウクライナ侵攻やガザ侵攻に繋がることで突然見舞われる悲劇的世界なのかもしれない。タル・ベーラ自身がハンガリー出身でもあり、ハンガリー動乱をイメージしていたと思う。理性によるハーモニーの世界ではなく、終末論的な黙示録的な世界、そのメタファーが鯨という神話(聖書)なんだろう。

その悲劇の中に希望がまったくないのかと言うと広場に残された鯨のオブジェがメタファーとして何かを語っている。エステルが見たものとしての監督の視線とヤノーシュという若者が体験した恐怖の先にあったのが鯨なのだ。


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