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管理社会からの逸脱

『モンスーン』ピョン・ヘヨン , 姜 信子 (翻訳) (エクス・リブリス)

韓国現代文学の到達点を示す短篇小説集

李箱文学賞受賞「モンスーン」から最新作まで、都市生活者の現実に潜む謎と不条理、抑圧された生の姿を韓国の異才が鋭く捉えた9篇。

ピョン・へヨンは、韓国で最も権威ある文学賞・李箱文学賞を2014年に「モンスーン」で受賞し、以後も数々の文学賞を受賞、男女問わず多くの読者に支持される女性作家である。
派遣社員、工場長、支社長、上司、部下、先輩、管理人……都市という森に取り囲まれ、いつのまにか脱出不可能になる日常の闇を彷徨う人たち。「モンスーン」から最新作「少年易老」まで、都市生活者の抑圧された生の姿を韓国の異才が鋭く捉えた9篇。著者のこの10年の充実の作品群を収めた、日本語版オリジナル短篇集。

現代社会の問題を不条理に描く韓国の作家の短編集。不条理短編の名手という感じか。解説でフラナリー・オコナー『善人はなかなかいない』と共通性がある作家のように書いてあった。自分はカフカを彷彿とする管理社会の中での情動的な感情の揺れを描く作家のように思えた。犬がよく登場するイメージ。管理者の忠犬なのだが、カフカの犬と違うのは忠犬ではいられなくなることか?「カンヅメ工場」が素晴らしい。似たタイトルの作品がある小山田浩子に似ているかも。ただピョン・ヘヨンは男性視点の語りが特徴的。女性なのに。

最初の「モンスーン」と「少年易老(いろう)」は別の短編集に収められた作品でディスコミュニケーションを扱った短編のようだ。後の作品は管理社会の中での脱線(逸脱)する者たち。解説では「同一性の地獄」と書いてあるが。

モンスーン

夫婦間のディスコミュニケーションの話か?赤ん坊が亡くなったのは妻が家を留守にしていたからだ、と考える男が、妻の働いている科学館の館長に出会って話をする。館長が妻の秘密を知っているのだと思うのだが切り出せず世間話に始終する。館長は天下りで科学の知識があるわけではなかった。監視役みたいな立場なのだが、科学的知識がないので職員には無視される。台風の発生について、彼女に質問して、それは予測がつかないものなのだと言われる。彼女の行動も予測がつかないものだった。


観光バスに乗られますか

ある商社マンに与えられた仕事は観光バスに乗ってある品物を運ぶ仕事。直接上司にメールで依頼されたのだが、袋の中味は謎だった。それを二人の社員が観光バスに乗って運んでいく道中の短編。

袋の中味は最後まで明かされず、触覚の感じが遺体ではなかろうかと想像させる。内容がわからない仕事をただ命令のままにやってしまう者たち。


ウサギの墓

派遣社員が会社をサボり続けて辞めていくまでの話。日本の社会的状況も似ている。似たような部屋に押し込められて、上司から与えらた仕事するのだが上司が無断欠勤でいなくなる。そして彼も上司になり、同じように派遣社員が入ってきて、上司の伝えたようにいい加減に仕事内容を説明し、無断欠勤して、辞めていく。

最初逃げ出した兎を拾うのだが、兎のペット・ブームがあり捨てられた兎だと知る。狭い部屋で可愛いペットとして飼われているが飽きられる。犬のような仕事と言うのだが、カフカを連想させる。犬が兎を追いかけると必死に逃げる兎だった。


散策

妊娠中の妻が部屋に入るまでの道に大型犬が放し飼いにしてあり、不安なのだという。じゃれるだけなのだが、家主がイノシシ対策のために放し飼いにしているようである。

妻の訴えを聞いて夫はその犬を散策に連れ出す。毒入りの肉を与え森の木に縛り付けてその様子を眺めているうちに犬の鳴き声を聞いて怖くなる。イノシシの鳴き声も聞こえる。犬はぐったりして死んでしまう。部屋の鍵を藪の中に落として、それを見つけるために火を放つ。「納屋を焼く」に近いのかな?


同一の昼食

大学の複写室に勤める男の話。大学でコピーというのはわかるけど、講義の為の本をコピーしたのをまとめて売っているのはいいんだろうか?まあ、大学だからいいのかな?そういう問題ではなかった。この男の人生が前の日のコピーのように反復している人生だという短編。

ある日、『死ぬ前に必ず見なければならない1001編の映画』という本を読んで一編づつ二年前から読んでいる。そうか、これを読み終わったら危ないなということだった。そして、駅のホームで人身事故が起きる。『死ぬ前に必ず見なければならない1001編の映画』はほんとにあった。

それを見るより自分で選定したいなと思って、いつかやってみたい。どうせ、この本はアメリカ人が書いたから、ハリウッド映画ばかりなんだろうと思ってしまう。最近のは結構見ているが、昔の映画は観てないものが多い。


クリーム色のソファの部屋

転勤で地方から北京に引っ越す夫婦が途中で車の故障で立ち往生。ワイパーが動かない時に雨が降り出し、近くにいた柄の悪そうな青年に車を見てもらう。彼は苦労しながら直してくれたが、誠意を見せとと凄んでくる。若妻は泣きじゃくる赤ん坊に乳を含ませている。仕方なく財布を差し出したが納得できなく警察に通報した。麻薬をやっているように思えたと。

ワイパーは直ったが途中で車がエンコする。引っ越し屋はすでに新しい部屋に着いて荷物を運び込むように頼んで保険会社に電話して救援を頼むがなかなか来ない。引っ越し業者がクリーム色のソファが収まらないと電話がくる。妻が頼んだソファーなのだが、幸福感が一気に冷めてしまったところに先程の柄の悪い兄ちゃんがやってきて殴られる。気を失いながら、最悪の事態になっていることを理解したのか?

読後感は辛い感じ。悪い予感しかしないのだ。雨の道路での車の立ち往生。それは新しい生活も希望の持てるものでもなかったのだ。ただクリーム色のソファの居心地の良さだけが希望だった。ソファが部屋に収まらなければ何も希望が持てない生活。

カンヅメ工場

工場長が失踪するのだが、ベルトコンベアーの缶詰工場での工場長の奇異な行動が話題になる。飼い犬が亡くなり娘が死体を離さないので、缶詰にして部屋に置く。娘は海外の大学へ。母も付添い、工場長は単身で浮気もしているらしい。海外の娘に様々な缶詰を送る(社長が息子に缶詰を送る方法を真似したのだった)。

娘に缶詰を送るためにその国と貿易するようにしたのだとか。食べ物に困らないように韓国料理を缶詰に詰めて送るのだが、娘は開けたら犬の缶詰が出てきたのでそれから缶詰は開けないで箪笥にしまい込んである。缶詰工場の事故があっても工場長は社内処理(何もしない)で済ます。ある日女子社員のコンタクトが落ちて缶詰に混入したのだ。

工場長は自分が亡くなったら遺骨を缶詰に詰めて欲しいと漏らしていた。そして行方不明になった。娘に送った缶詰を開けると出てくるのは、ラベルと違いめちゃくちゃなものと共に工場長の存在を確認できる服とか手紙とか給与明細とか.........

夜の求愛

転職した時に世話になった人が危篤で、昔の友人が電話でお悔やみの花輪を送るからその当時の知り合いに伝えてほしいというのだが、辞めた会社の仲間付き合いもいい方ではなかったし、もうとっくに縁が切れていると思ったのだ。親友が言うには同窓会で誰々が死んだと確認出来なかったらいつまでもそいつが存在していると思うだろう、というようなことを言う。

彼には昔付き合った愛人がいて、その彼女に電話するのだが愚痴を聞かされ長電話になる。そういう彼女の話を聞くのが苦痛だったと思い出したのだ。身体には惚れていたがそれに飽きてくると彼女の話が苦痛になるという。このへんのことは女性だから書けることなのかな。ドッキとしてしまった。そういうのはあるかもしれない。

そして、女から再び電話をかかってきたときにトラックが事故でガードレールにぶつかり炎上する。それにも関わらず、警察には連絡しないで女と電話をしているのだった。彼はプロポーズしたのだ。

少年易老

大邸宅に住む友人の家に泊まった追憶の少年時代。友人の母は彼には厳しく友人には甘い。父は病気で寝たきり生活。部屋が何部屋もあり、その部屋に一人で寝るのだが、ある日留守のときに他の部屋に入ってしまいいろいろ探る。友人の父が倒れて、そのまま亡くなるのだが、その前に軍人の知り合いが来て母といろいろ打ち合わせをしていた。家を手放す為の商談だったようで、それから友人とその母親は引っ越して行った。

最後に泊まったときに学校の授業があるにも関わらず起こしてくれずに友人だけが学校に行く。母親に見つかったら嫌だなと思いながら過ごす。そして、売却した者が持ってきた鳥を友人が殺す。それを埋めて別れるのだが、ディスコミュニケーションの中にあって、友人と共感するものがあったかもという想い出。

韓国文学特集


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