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日本の深層を発掘する

『新装版 昭和史発掘 (9)』松本清張 (文春文庫)

不朽の名作、遂に完結。夢破れた時、青年将校が頼みにしていた上層部は保身に走るのみであった。無念の内に銃殺刑に処されていく首謀者たち。「死ぬものか、成仏するものか 悪鬼となって所信を貫徹するのだ」(磯部浅一)。そして軍部は事件の再発をちらつかせて政・財・言論界を脅迫、戦争体制へと大股に歩き出す。
目次
2.26事件5
秘密審理;
判決;
終章
解説:加藤陽子

膨大な資料と読み込み。2. 26事件については5巻から5冊分だった。松本清張がこれほどの大作で明らかにしようとしたのは何なのか?日本の軍国主義と官僚性なのか。天皇について「天皇機関説」が美濃部達吉に唱えられ弾圧されたのだけど青年将校たちは天皇の神なる力を信じて良民の願いが届くはずだと思っていたのだが、それが天皇の発言一つで叛乱軍となってしまった。「天皇機関説」については第4巻で詳しく論じている。

最終章で注目すべきは、首謀者の磯部の獄中手記でそこに軍部上層部の操作を見て取った。それこそ天皇機関説を強化するものだった。民間人である北と西田の処刑は財閥との繋がりを隠蔽する為であった。三井財閥と北一輝・西田悦との繋がりは第6巻に詳しい。

真崎大将が死刑に免れたどころか無罪になったのは天皇の軍隊である大将までが叛乱軍に肩入れしていたらそれこそ軍部の壊滅である。統制派が皇道派を排除しながら軍事国家を強めていった。そこに天皇の利用価値があると気がついたのではないか?「天皇機関説」を否定しながら実は天皇機関説を強化するために天皇を利用した。そのことに最後になって気がついたのが磯部浅一であり、獄中で膨大な手記(「行動記」「獄中日記」「獄中手記」)を書いた。その過程で世間に知らしめるために妻を協力者として引っ張り込むところを愛とか言ってしまう松本清張もロマンチストだと思ってしまった。松本清張は歴史家ではないので、主観的な浪漫主義が入るのは仕方がないと思う。むしろそのことで作家としては、ミステリー作家として支持されたのだから。

2.26事件によってますます軍事国家の天皇を中心とするシステムが出来上がったのだ。それが中国(満州国)進出にも絡んでくる。2. 26事件に関わった部下たちは刑を免れたが中国戦線に送られて天皇の名の元に死なねばならなかった。その為の無罪だとして兵士らは、まさにそのように天皇の名の元で死んでいくスタイルが出来ていくのである。そしてその後ろ盾に軍閥を含めた官僚主義システム(天皇機関説)があり、それは今の日本を形作ったシステムとして戦後も生きのび続けた。このへんは解説の加藤陽子に詳しいと思う。


青年将校たちがそれでも天皇陛下万歳を唱えて銃殺されるなか、磯部だけは鬼神となって呪ってやるのだという言葉がオカルト的なのだが。北一輝もオカルト的にお告げとか言ってしまう神性がこの国にはある。

そのあたりは大江健三郎の本にも関係してくるのだと思うが、柳田國男や折口信夫の国文学者の本でも神性がオカルト的に境界域となっている気がする。そしてこの本が書かれた時期に三島由紀夫の自決があったのだ。

解説の加藤陽子は、この膨大な資料集めをした藤井康栄について、彼女も共同執筆者であると褒め称えている。松本清張の編集者であり、彼女の影の力がなかったらこの本は出なかったという。まさに磯部の妻のような立場なのだろうか?この本のなかで安藤大尉の妻の冷たさを感じたのはそんなところかもしれない。『妻たちの二.二六事件』を読んだせいかもしれない。




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