彼女の余命宣告と優しい嘘
過日、札幌の病院でいとこの女性が亡くなった。
享年42歳。がん闘病の末に静かに息を引き取ったのだ。
実は、去年、実家に帰省した時に、彼女の母上から「たぶん来年の春まではもたないと思う」と聞かされていた。
家族は迷った末、本人に告知はしないと決めていたようだ。私は、ご家族の意思に従い、何も聞いていないふりを装った。
去年の10月のはじめ、街にそろそろ来年の手帳が並ぶ時期、「お見舞いは何がいい?」と聞く私に、彼女は2024年度の手帳を買ってきて欲しいと言った。
今は、コロナが5類になったとはいえ、面会は昔ほど自由にできない。事前に予約の上、1回の面会時間は30分とその病院では決まっていた。
ナースステーション経由で手帳を渡すと、彼女は喜び、さっそく予定を書きこむ。
医者から伝えられたのは、余命3カ月。
あと3か月しか生きられない彼女が、嬉々として1年後、2年後の計画を立てる。手帳はいろんな予定や希望で埋まっていった。
スタバに行く
大好きな○○を食べる
○○をやってみる
××を買いに行く
私はその姿を見ているのが辛く、そっと病室を後にした。何か声をかけようと思ったが、何も言葉にならなかった。
「スタバに行く」
「大好きな○○を食べる」
どれも何てことない予定だ。元気だったら今すぐにだってできることだ。
たくさんのお金もいらないし、大きな決心もいらない。
でも、これらのどれも実現することなく、静かに彼女は息を引き取った。
余命宣告されてから、5か月後の事だった。
それから少しして、叔母から彼女のことを聞いた。
自分の病気のことを知らないと思っていたのに、彼女はちゃんとエンディングノートを書いていたらしい。
エンディングノートとは、自分にもしものことがあった時のために、残された家族が困らないように、伝えておきたいことをまとめておくノートのこと。
そのノートには、全てのモノのありかと、少しずつためていた貯金や株を誰にどのように贈与するか、死んだ後に連絡してほしい人のこと、お葬式についての希望などが、几帳面な彼女らしい字で書かれていたという。
おひとりさまだった彼女は、いつの間にか正式な遺言書も作っており、それもちゃんと弁護士さんに託されていたのだそうだ。
最期まで、周りに気を遣うひとだった。
ただ、家族を悲しませないため、本当は寿命のことを知っていたのに、ずっとずっと「優しい嘘」をついて、知らないふりをしていたのだ。
たくさんの夢や希望を手帳に書き遺して、彼女はひとりで逝ってしまった。
その時、知人から紹介された記事の中のこの一文がふと私の頭に浮かんだ。
そこにはこう書いてあった。
『不安』や『恐れ』を言い訳にして、新しい一歩を踏み出すことを躊躇してしまってはいけない。何か新しいことをやる時に、行動するに足る理由を外部に求めてしまってはいけない。そんなものは必要ない。
必要なのは「やりたいと思ったから」という衝動だけで、成功するか失敗するかなんてことはまるで重要ではないことだと私は思う。
そして何よりも重要なことは、私たちは遅かれ早かれ『(生きているのは今だけで)いつか成功も失敗も出来なくなる日が必ず訪れる』ということだ。
人生は短い。
人は必ず死ぬ。
生きているのは今だけで、それなのにやりたいことを躊躇する理由なんて本当は何ひとつない。
やりたいことをやろう。やりたいと思ったことをやろう。
そこから栄光に続く道は生まれていくのだと思う。
いま、私は、春以降のスケジュールを眺めながら、自分に問いかけている。
「本当にこの仕事は必要か?本当にこれを今やりたいのか?」
誰にも褒められなくても、誰にいいと評価されなくても、それでも心から自分がやりたいと思うことなのか?
誰かに頼まれたとか、断れないとか、本当は気が進まないのだけれども、やらなくちゃと、やらされ感でやっていることはないか?
今まで死の寸前までいったことが4回ある私は、どこかで死を意識していながらも、それでも自分には、まだまだ時間があると思っていた。
あれは明日、これは来週、こっちは来年と、いろんなものを先送りしてきたけれど、自分にその時間が残されているのかどうかは、誰にもわからない。
残された手帳を見て、激しくこう思った。
自分の「やりたい思い」をもっと大切にしよう。
自分の中「違和感」にもっと耳を傾けよう。
「いつか」と自分に言い訳するのはやめよう。
出来ない理由を探すのも、わざと関心のないふりをするのもやめよう
もっともっと自分の「内なる声」「魂の呼ぶ声」に耳を傾けていこう。
いつ自分の命が尽きても構わないと思えるような生き方をしよう。
目の前のことを、全力で大事にしよう。
ただ、やりたいからやる。
それだけでいいじゃないか。
私の健康寿命が尽きてしまう前に、やりたいことは、全部やりきろう。
そんなことを思った3月最後の日でした。
*この話は実話です。身バレしないように多少、フェイクを入れています。
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