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#ネタバレ 映画「箱入り息子の恋」

「箱入り息子の恋」
2013年作品
牛丼と色即是空
2013/7/20 13:51 by さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)

映画に出てくるなどとは、つゆ知らず、上映直前に劇場近くの吉野家さんへ飛び込んで、牛丼を食べました。私が最初に味を覚えたのが吉野家さんの牛丼で、肉の旨さ、秘伝の味付けにほれ込んで、周りに絶賛していた想い出があります。

その後、お得感のある、味噌汁付の松屋さんに浮気するようになり、今は、なか卯さんの牛丼が交通至便なので、よく利用しています。どうも節操がありませんね。

しかし、どのお店も、それぞれに美味しいのですが、久しぶりに食した現在の吉野家さんは、気のせいか、なにか少し味が変わった様に思いました。私は昔の味のファンですから、もう食べられないとしたら、少し残念です。

ところで、牛丼店というと、大抵は、男が一人カウンターに座り、話しもせず、ラーメン屋と違って、スポーツ新聞や、週刊誌も読まず、もちろんTVなども無く、ただ、ただ、黙々と食しているのが普通です。まるで養鶏場の鶏のごとく・・・。

でも彼らの内面では、さまざまな考えが渦巻いているのです。なかには無心で食っている人もいるかもしれませんが、大抵は一人会議状態で、牛丼を話し相手に、いろんな事を考えているのです。

この映画でも牛丼を食べながら泣きべそをかく男女がでてきますね。思わず私ももらい泣きをしてしまいました。(ああいう演出が出来る監督さんは好きです。また、後に出てくる、お見合い戦争で魅せるオタクのタンカも魅せましたし、なかなか切れる監督さんでした)あれも、人は様々であることの記号ですね。

憲法ではありませんが、二人の恋愛は二人だけのものですが(だからラストは点字レターで完結する)、親にも親の考えがありますし、事実上、結婚は両家が親戚になる儀式でもありますので、両家の親御さんもあれこれ口出ししてくるわけです。しかし、二人の気持ちを充分に汲んでやらない親御さんは困ったものです。そんなバラバラ家族の姿も、またその記号なのでしょう。

登場人物たちは、同じ景色を観ていても、心に映る影は人様々でした。ある意味、色即是空ですね。でも、この主題は、お見合いのタンカで主人公が言ってしまいましたので、残念でした。親切と言うか、なんと言うか・・・。

ところで、女の親、どこかの会社の社長らしいですが、総合的な雰囲気を見ると、大企業ではなく、中小企業の社長さんといったところですね。従業員は300人以下でしょうか。そんな彼が市役所勤続13年で、今なお平職員である男をお見合いの席で侮辱したのです。風采の上がらぬ男ですから、たたき上げの社長さんから見れば、ある意味「ぬるい奴」と見られても仕方ありません。

でも市役所と言えば、もっとも小さな市であっても、管轄内の住民は数千人おります。大都市なら100万人単位です。そんな市役所の担当者は、たとえ平職員であっても、多数の住民への仕事上の責務を背負っていることになるのです。ですから平職員と言うだけで、中小企業の人事と同じ物差しで計っていては判断を誤る事になります。

また、市役所の男が所属する係が全10人であったとします。その係長は、単に10人のトップであるだけでなく、多数の住民へ奉仕する係の責任者であるわけです。そうなると、さらに重責であり、昇任試験は簡単ではありません。少しオーバーに言えば、もう一回市役所の採用試験を受けるがごとく難しい場合もあるのです。映画「県庁の星」で、すこぶる優秀な係長が出てきましたが、係長試験に合格するとは、概ね、ああいう事なのです。

ですから、女の父の言動は的を射たものではなく、女の恋愛感情を無視したのと同じく、独善かつ偏向的なものであったのだと思います。

話しが横道にそれましたが、映画のラスト、バルコニー惨劇のモチーフは、ロミオ話と、映画「ロッキー」ですね。特に、ロッキーが愛のために絶対に負けられない試合に挑んだように、彼もまた、満身創痍になっても、負けられないのです。ベッドの上で包帯も痛々しい姿で点字の手紙を打つ男。その手紙を見て微笑む女。それはラブレターに決まっています。ロッキーのモチーフが指し示すとおり、あの後、ハッピーエンドに向かってドラマは突き進むのでしょう。

夏帆ちゃんも出ているし、(失礼ながら)主人公の俳優さんはあまりお顔は観たことが無いけれど、良い声をしているし、じわじわと泣ける作品で良かったです。ただ、ラストがもう少し、なんと言うか、盛り上げて欲しかった。

★★★

(追記 2023.2.21) ネットでも見られますが、現在、吉野家さんの看板というかマークを見ると「𠮷野家」になっていると思います。しかし、社名は「吉野家」になっているようです。「𠮷」と「吉」、下が長いか、上が長いかには、国語上の問題、固有名詞の問題、電算上の外字の問題などが含まれており、例えば人名を、どちらにするかは、長い年月の間には、役所の見解も変更されたりして、意外と難しい問題でした。最新の解釈は良く分かりませんので、とりあえず私は社名の表示を使わせていただきます。

追記 ( 波動砲 ) 
2013/7/20 14:32 by さくらんぼ

松本零士は、「波動砲は光線銃じゃなくタキオン粒子を取り込み小宇宙を作り空間ごと吹き飛ばす兵器だから波動砲口は六角形じゃないと撃てない」と述べている。(Wikipediaより)

この話しを読んだ時、私の正直な感想は、「オタク同士でしか出来ない、微笑ましい、おとぎ話ね!」と言うものでした。

ところが、先日、朝日新聞(2013.7.19朝)で「便器汚れ落ち革命」という記事を読んで、その硬直した考えを、少し改めなければいけないと思いました。

それは新製品の解説で、その中の、LIXIL(リクシル・旧INAX)の「サティスGタイプ」では、便器の排水口をひし形にすることで、従来の丸い排水口に比べて高低差があるため、水が滝の様に速く流れて、少量の水でも、一気に○○を流し去ることが出来るのだそうです。

正解と言うものは、ときに予想外なところに隠れているのかもしれません。

ところで、映画「箱入り息子の恋」で、娘の父は、どうやら浮気をしているらしいですね。もちろん妻はとっくに気づいていて、それを示唆する話しを夫にしているシーンがありました。

でも妻は、娘のために、すぐには離婚をしないのでしょう。娘の目が不自由だから、せめて「社長令嬢」の肩書きで飾り立てて、もらってもらう、つもりなのだと思います。もし、いま離婚したら、たぶん母子家庭の娘になってしまいますからね。そんな世間体を考えたのです。

それから夫は、娘のためにも、自分の様なやり手の男を娘の婿にしたがっていましたが、妻は逆に、それでは、男の甲斐性!?がありすぎて、夫の様に浮気をされては困ると思っていたのです。

そうなると、社長じゃないから贅沢は出来ないけれど、公務員で一応の生活は保証され、心根は優しく、娘を愛してくれて、そのうえ堅物で、風采が上がらないので女にもモテそうもないあの男は、ある意味、理想の夫になるのでした。幸いか不幸か、風采があがらなくても、目の不自由な娘にとっては全然OKですから。

これが妻にとっての、長年夢見てきたのとは違う、予想外の正解です。だから妻は、全力で、二人が結婚するのを応援したのです。

そして、めでたく結婚し、入籍が済んだら、次は・・・

次は、愛想の尽きた夫への三行半でしょう。

妻は、夫の不貞を理由に離婚を迫り、慰謝料や財産分与をたっぷりせしめて独立するのです。

妻は、そんな波動砲を用意して、いま少しずつエネルギーの充填をしているのでした。

追記Ⅱ ( 娘から勇気をもらう母 ) 
2013/7/22 13:26 by さくらんぼ

娘が男とデートするのを、母は自動車の中から見ていました。「目が不自由な娘の送り迎えをする必要があるから、デートが済むまで待ってるの」と言うのが表向きの理由でしょう。

でも、私はあるシーンが妙に心に引っかかったのでした。丘の上でいちゃつき、やがてキスする娘と男、そして、それを下から見上げてボ~としている母のシーンでした。

普通、いちゃつくなら、人目につかない平地の公園、樹木の陰あたりに行くでしょう。さらに目の不自由な女性を連れて、わざわざ景色の良い丘に登る必然性も無いのです。(目をつむっても、暗騒音の位相変化などで、空間の広がり感知できて楽しめる、という音趣味には、あえて触れません。)

また、見上げる母の行為は、待機や監視などではなく「憧れ」の記号であると思いました。見上げる例で代表的なのは、映画「天国と地獄」での、丘の上に建つ、富豪の家を見上げて妬む犯人のシーン、などがあります。もし監視であれば、戦争映画などで、狙撃兵が丘の上から低地にある敵の陣地を狙っているシーンがあります。

つまり、あのシーンは意図的に作られた、「自由になりたい母の心」の記号だったのでしょう。

水槽の中から出られないカエルと、暗闇の孤独から出られない娘と、冷え切った結婚生活から出られない母。そのとき母は、娘を救出する手助けをしつつ、同時に、自分が離婚する勇気も充電していたのでした。

そして、忘れてはいけませんが、男の同僚のモテナイ女性、彼女は、女性であるがゆえに、男を追いかけると、すぐに「尻軽女」と中傷される悲しみを語っていました。そんな彼女もまた、自分の結婚を夢見ながら、同類の男にエールを送っていました。あの彼女と男の関係は、母と娘の関係と、同じ記号なのでしょう。

さまざまな事を、思いを抱えて生きている人たち、でも、一人のパッションが、他の人に伝染し、新たなるパッションを生むこともあるのでした。ここへ来て、娘が牛丼店で泣きながら食べる名シーンへとつながりました。自分のことを想って泣いてくれる女を前にして、男は決心したのです。

追記Ⅲ ( 映画「街の灯」 ) 
2016/10/27 8:56 by さくらんぼ

就活先として人気のある「公務員」と「浮浪者」とでは、まったく結びつかないかもしれませんが、この映画「箱入り息子の恋」は、映画「街の灯」のオマージュの可能性があります。

盲目の娘だけが「彼の価値」を見抜いた、という点で。

そして、ラストは映画「街の灯」の「微妙」とは違いハッピーエンド。この辺りは、オペラ「椿姫」の悲恋を吹き飛ばした映画「プリティ・ウーマン」と似ています。

追記Ⅳ ( されど生姜 ) 
2016/11/27 11:59 by さくらんぼ

人気TVドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の影響か、再放送をしていたので、久しぶりに観ました。

ところが、あの名シーン(牛丼の吉野家さん)で、彼は生姜を盲目の彼女のどんぶり「中央」に盛るではないですか(いろいろ他の事は説明しても、「中央に盛る」とは言わずに)。

つまり、どんぶりの中の「生姜の無い安全圏」は、ドーナツ状の周囲のみになります。狭いから食べるのが難しそう。

私はいつも生姜は隅っこに置きます。そうすると、どんぶりの中に広大なフィールドが誕生しますから。中央に置くのは生卵をトッピングする時ぐらい。「チキンラーメン」みたいにへこませてから。

でも盲目の彼女は、器用にドーナツ圏に箸を刺したのでした。

おぬし女座頭市か。

追記Ⅴ ( 「名スピーチ」が生まれた理由 ) 
2017/5/16 22:02 by さくらんぼ

市役所に勤める天雫健太郎は、父が探してきたお見合い話を、どうせ断られるだろうと思い、頑として受け付けませんでした。

困った父は、健太郎には攻略不可能なTVゲームを手に取り、「お父さんがこれで勝ったら(攻略したら)、お見合いをしなさい」と言うのです。賭けですね。

そして翌日、健太郎が仕事から帰ると、父は大の字になって畳で寝ており、TVゲームの画面には「あんたの勝ち!」の文字が。

ビックリして父を起こしたら、父は自分が勝ったことすら覚えていないほど集中していたらしく、まだ戦いに挑もうと…。

実は、父は勝てなかったのです。疲れ果ててダウンしてしまった後、母が敵討ちとばかりに発奮して挑み、見事勝ってしまったのです。しかし、これは母だけの秘密。見事な内助の功。

それを知らない健太郎が、「あのお父さんですら、本気になればこれだけ戦えるのに、逃げているだけの俺は、なんて情けないんだ」と思い、勇気を出してお見合いをすることにしたのです。

けっして、単純に父との賭けに負けたからではありません。

さらに、お見合いの席では、調子に乗る相手の父に、こんどは母が立ち上がり、一人で戦ってくれました。

この両親から健太郎は勇気を貰い、お見合いの席での、あの「名スピーチ」に繋がったのでしょう。

追記Ⅵ ( 趣味の品をこわした理由 ) 
2017/5/16 22:15 by さくらんぼ

お見合いが終わって帰宅した健太郎は、自分の部屋に戻るなり、部屋に置いてある(飾ってある)趣味の品々を、棚ごとひっくり返して泣きわめきます。

あの行為は、一つには「彼女に惚れたから」ですね。私もオーディオをやってますから分かりますが、趣味は「愛情の代償行動」の場合もあるのです。だから本物の愛情を見つけた後には、たとえ一時だけにしても、霞んでガラクタに見える場合もあるのです。だから惜しげもなく破壊したのでしょう。

もちろん、お見合い話も壊れてしまい、恋と同時に失恋もしてしまったから余計哀しい。その怒りと悲しみも混じっています。いや、こっちの方が強い。でも、ほんとうに宝物なら壊さないでしょう。

追記Ⅶ ( 健太郎らしいお見合い ) 
2017/5/17 9:32 by さくらんぼ

お見合いの席で、初めて「娘が全盲であること」が明かされました。相手側の素の反応が見たいと、意図的に娘の両親が伏せておいたのです。

しかし、一見ぬるい奴にみえる健太郎ですが、腐っても市役所職員、狼狽してもそれを態度に表すはずはありません。

市役所のお客様には老若男女、健常者、障害者、お金持ちに、貧しい人、羊のような人に、狼みたいな人もいます。商売のように時に客層を選んで仕事をするわけにもいきませんから、どんな人とでも平静を装って接遇できるよう日々精進しています。

そして怒鳴られても出来ない事は出来ないし、必要の無いことは言わないけれど、怒鳴られても言うべきことは忘れずに言う。それが仕事ですから。

そんなプロ魂が起動した、健太郎らしいお見合いでもありました。

追記Ⅷ ( 時代と「公務員」のイメージ ) 
2020/9/18 6:24 by さくらんぼ

往年の人気TVドラマ「男女7人秋物語」(1987年)がBSで再放送されていたので、録画して少しずつ観ています。

その中で高木俊行(山下真司さん)が、威張っていて、わがままで、デリカシーの無い人間として描写されています。

ある回では、お付き合いしている女性がいるのに、ボインちゃんの女性とお見合いをすることにし、友人である大沢貞九郎(片岡鶴太郎さん)に別れ話を依頼するのです。

それだけでもヒドイのに、お見合いがうまく行かないと、お付き合いしていた女性とよりを戻したくて、また大沢貞九郎に頼みました。

まさに、そこまでやるか、なのです。

そして彼は都庁に勤める公務員という設定。

当時の公務員に対する偏見が現れているようにも思います。

公務員にも色々いますし、時代背景を考えると、たしかに部署によっては令和の今よりも尊大なところもありましたが、少しステレオタイプすぎるように思います。

これが映画「箱入り息子の恋」(2013年)になると、天雫健太郎(星野源さん)によって、静かで爬虫類のように何を考えているのか分からない人種として描写されています。ライオンのように威張る公務員が少なくなってきて、今度は爬虫類のように思われていたのでしょうか。

それが吉岡里帆さん主演のTVドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」(2018年)によって、初めて等身大のリアルな公務員が描かれました。この作品は公務員志望者の教材としても使えるのではないかと思えるほど優れたものです。

追記Ⅸ 2023.2.21 ( LGBTQ )

いつまでも女性に興味を見せない主人公を心配した父が、まるで病気のように心配して、深刻な顔で「おまえホモなのか?」というようなセリフを言います。当時としてはそれが普通の感覚だったのでしょう。



( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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