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52ヘルツのクジラたち/町田そのこ


52ヘルツのクジラ、じゃなくて、
52ヘルツのクジラ「たち」なんだなって思った。

クジラは歌う、
海の中で、仲間と一緒に。

それは数字でいうと10~39Hz程度の周波数の音で、
歌声は会話で、仲間たちとの繋がりで、
生きていくためにはきっと必ず必要なものなんだろう。

人間の中には優しい人も怒りっぽい人も、
肌の色が違う人も足の遅い人もいるように、
クジラにもいろんなクジラがいる。

主人公と一時だけルームシェアをしていたその子がくれたMP3には、
52ヘルツのクジラの歌声が入っていた。

誰にも届かない、
聞こえても、返事をしても、それは聞き入られない。

どこまでも一方通行のクジラの歌声。

キナコと52は、キナコとアンさんは、
自分たちを52ヘルツのクジラたちだというけれど、
果たして一体同じヘルツで歌うクジラたちは本当に互いの声が聞こえてるのかな。互いのことがわかるのかな。

時折、自分に見えている夕日の赤と、
隣で手を繋ぐ彼に見える夕日の赤は本当に同じなのか、
地面が抜けるような不安に駆られることがある。

すきも、ありがとうも、大切も、
私の中に存在する気持ちと、
他の人の中に存在する気持ちは、同じ言葉で表されているけど、
本当に同じなのかな。

透明な厚い厚い壁の前で、
大声で叫んでいるのに、
目の前の人にはきょとんとされているような、
そんな不安に駆られる時はないかな。

私たちは本当は、全員が別の周波数で歌っていて、
それぞれがそれぞれの受け取りたいように受け取って、
投げ返して、会話をしているように見えて実際には、
なんのやり取りもしていないのでは?

そんな風に思う日もある。

町田さんのお話はすきだし、
本作は本屋大賞でもあって、とっても期待していたけれど、
「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」の方が、
私はいっとうすきだな。

まだうまく言葉にできないけれど、
不幸と接すること、わかりあえないこと、辛いこと、偉いこと、愛すること、こんな形でいい話みたいにしてほしくなかったというか、なんというか。

大切にしてもらっていて、
ただまっすぐに前を見ている自分が後ろ暗い気持ちになるような、
ううん、病院の待ち時間に読んだのが良くなかったのかな、不安な気持ちが結びついちゃったかな?

病院へいった帰りに、電話をしたい人がいること、
早く帰りたい家と、会って話したい人が待っていてくれていること、
元気でしあわせに生きていること。
なんでだか、とても後ろめたい、もっと傷ついて不幸になるべきだったのに、と、自分に対して思ってしまうような。

もう少し経ったら、また状況が変わったら、
もう一度読んでみたいな。

今回は美晴に一番共感したけれど、
次に読むときは誰の目線が一番わかるかな?

みんなはどんな風にこの物語を読むのかな?

帯の後ろの「ケンタの祈り」が、
ただまっすぐな善意の中のお話でどうしてかほっとした。


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