ショートショート「引越し」


困った事になった。
新しく買った新居に今日中に引っ越さなければならないのだが、頼んでいた引越し業者が、昨日突然倒産してしまったのだ。
業者をあてにしていたので、引越し準備ももう昼だというのにほとんど進んでいない。
しかも引越しを延ばすわけにはいかない。
明日、この家に次の住居者(中古の我が家を買った家族)が引っ越してきてしまう。不動産会社との契約上、早急に家を明け渡さなければならないのだ。

私は急遽代わりの業者を捜したが、3月は引越しシーズンという事もあり即日対応してくれる業者はなかなか見つからない。

そこへ妻が、あわてた様子でチラシを持って来た。
新規にこの町にできた引越し業者らしい。
なになに…
『ニッコリ超スピード引越しセンター
 即日対応。業界一早い引越しを実現します。
 新規開店キャンペーン実施中につきサービス料金にて対応します。
 080-XXXX-OOOO』
うーん。怪しい。
だいたいフリーダイヤルとはいかないまでも、固定電話じゃないの?
しかし、背に腹は代えられない。
新規業者なら仕事も混んでいないだろう。
ワラをもすがる気持ちで連絡を取ると、すぐにお伺いしますとの事。

10分後、家の前にでかいジープが止まり、中からやけにでかい男が現われた。身長2m以上はあろうか。
浅黒く日焼けし、筋肉隆々の中年男性だ。
迷彩柄の作業服にベレー帽をかぶっている。
「はじめまして。
 ニッコリ超スピード引越しセンター社長のランドルフ虎崎です!
 ランドルフとお呼び下さい」
手を差し出すので、握手に応じるとものすごい握力だ。
「いや~、あなたが記念すべき初めてのお客様です。格安料金で対応します。あなたはラッキーですよ」
「はあ」
「実は先週まで傭兵をやっていたのですが、このノウハウを他のビジネスに応用できないかと思いつきましてな。それで新規開業というわけです」
「それで引越し業ですか……」
不安だ。大丈夫なのだろうか。
何はともあれ、早速窮状を説明した。
「なるほど、今日中に新居に引っ越してしまいたいと。わかりました。まかせてください」
「ですが、もう午後だというのに全く引越し準備も進んでいないのですが」
「大丈夫。準備は3分もかかりません」
「さ、3分!?」
彼はおもむろにでかい携帯を取り出すと、どこかに連絡をとりはじめた。
あれ、イリジウム衛星携帯電話だ。
衛星回線を使って基地局なくても世界中つながるやつ……戦場くらいしか使い道ないと思うけど。
「……オペレーション開始だ。アルファ、ベータ各チームは作戦ポイントに急行!」
え?、な、何が始まるんだ!?
「仲間が来ます。家の外で待ちましょう」
ランドルフにうながされ、私と妻は家の外に出る。

玄関で待つ事5分。
頭上でバラバラという音がするので見上げると、なんと大型の軍用ヘリが10台ばかり我が家の真上を飛んでいる。
そして、ヘリからロープが下がるとランペリングというのだろうか、迷彩柄の戦闘服に身を包んだ隊員がロープを伝って降りてきて、ロープ先端のでかいフックを家の窓や庇にとりつけ始めた。
「ちょ、ちょっと一体何をするんですか?」
「まあまあ、落ち着いて」
隊員、(いや、引越し業者か?)が一人地上に降りると、ランドルフの前に来て敬礼した。
「大佐、準備完了です!」
「うむ」
ランドルフは重々しくうなづくと、イリジウム携帯に向かって怒鳴った。
「上昇開始っ!!」

私はその光景を一生忘れないだろう。
我が家が基礎ごとヘリに吊り下げられ、宙に浮かんだのである。
不思議な事に私の頭の中で、あのサンダーバードのテーマが鳴り始めた……。
『♪タッタカター タカタッカタッタカタッタッター』
さらに、頭の中に渋いおっさんの低い声がひびきわたる。
『Thunderbird Are Go~!』
と、ここまで来てわれに返った。

「ちょっと待って下さい! 家ごと引越したって引越し先には新居があるんですよ! 降ろせるわけないじゃないですか!?」
ランドルフはまっすぐ空を指さした。
そこには我が家を吊り下げたヘリ群が遠く消えようとしている。
いや、まてよ。その隣をすれ違うようにもう一つのヘリ群が。
ヘリ達は見る見る接近して来る。
そして我が家の上空に来ると積荷を降ろした。
ド~ン!!
引越し先の新居だった。
「作戦完了!」
ランドルフはニッコリ笑うと親指を立てた。
「80トンの家2軒移動、20万円です」


こうして、私と妻は引越し先の新住所で、あいもかわらず中古の旧宅で暮らす事になった。
移動した新居には、本来この家に住むはずだった家族が住んでいる。

ランドルフの引越し屋はすぐにつぶれたらしい。



(了)




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