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ニッポンだいすき。🇯🇵🇻🇳【Vol.2】

私が介護をやろうと思った理由

Xin chào! 大阪で介護の仕事をしているフォンです! 前回の記事、お読みいただきありがとうございます。

前回は日本の印象や日本で驚いたことを書きました。
今回は「私がなぜ介護の仕事をしているのか?」ということについてお伝えしたいと思います。

そもそもベトナムで、今、私がしているような介護施設での仕事は一般的ではなく、少なくとも私が住んでいた頃、住んでいた場所にはそういった施設はありませんでした。
あっても、ベトナムの首都・ハノイや第二の都市・ホーチミンといった大都市で、お金持ちの方専用だったり、生活に困っている方の施設だったりしました。

なぜこういう介護施設が一般的ではないか? それは「お年寄りは家族が見る」という文化があり、お年寄りと一緒に住むとか近所に住むなどしていて、介護が仕事として成り立ってというのは一般的ではありませんでした。

それでは「介護」という仕事のイメージがなかなか掴めないと思いますが、高校生の時、身寄りのないお年寄りのお世話に行くというボランティアにも参加していましたので、ある程度、どんな仕事かというのは理解していました。

なぜこういうボランティアに参加しようと思ったのか?
それは子供の頃から両親が共働きで、おじいちゃん・おばあちゃんにお世話になっていたからです。でも、おじいちゃんが病気で寝たきりになってから、おばあちゃんに介護の負担がかかってしまうので、私もなにか手伝おうと思いました。
おじいちゃんは話ができないけれど、「目(目線)」で会話してみたり、昔を思い出して涙を流したり……周りに誰もいなかったら寂しい思いをしてしまうし、手伝うだけでも話すだけでもだいぶ違うと思っていました。

そのような経験をした上で、日本で介護という仕事があるということで、介護という仕事をするために日本へ来ました。

イメージしていたものと、違った!!

イメージしていたものとは…!!

そんな感じで3年前、日本へ来たわけですが、ズバリ言って「イメージと違う!」

イメージしていたのは……みんな動けない、歩けない、食べられない、毎日お部屋に閉じこもっているというようなすっごく暗い感じでした。

でも……

……全然違う!(笑)

あぷりは施設がキレイで明るい。いろんな花が咲くお庭もある。利用者さんも清潔にされているし、お部屋も片付いている。なにより、ご利用者様は元気に動けるし、お話もできる。ご自身で生活ができ、レクリエーションも活発、そ・れ・に、ご飯が美味しい! ……イメージとまったく違う(笑)。
介護という仕事でのギャップはなかったですね。むしろ、逆ギャップ(?)はあったかな?

大変だったこと、うれしかったこと。

介護の仕事自体で大変だったことはあまりありませんが、それとは別で大変だったことがあります。それは「私がベトナム人」ということです。

顔立ちではあまり分かりにくいかと思うのですが、話をすると言葉の発音が違うので、利用者さんの中には(あの子は外国の子だ)と言われて、私がケアに入っても「いいわ」と拒否されたり、顔も見てくれなかったり、無視されたり……初めの頃はありました。それはショックでしたね。

「外国人」というだけでケアを拒否されたことも……。

反対によかったこと。それは仲間の皆さんです。
日本の生活自体、右も左も分からない頃だったので、本当に本当によくしてくれました。困ったことがあったらすぐに教えてもらいました。
そう、服も日本で買えばいいと思い、あまり持ってこなかったのですが、服を頂いたり……皆さん、優しくしてくださっています。

あと利用者さんの中には「あの人は遠いベトナムから来てくれた! ありがとう」とすごく優しく、丁寧に接していただける方もいて……私のおじいちゃん・おばあちゃんみたいに優しくしてくれます。
「疲れた?」「日本には慣れた?」「お父さん、お母さんに会いたいわよね」……と気を使って話しかけてくれます。

利用者さんの優しさがうれしい

仕事も3年経って、今は「外国の子だから……」と嫌がられる方はいらっしいません。なので非常に楽しいです!
特に利用者さんとのコミュニケーションを取るのが楽しみです。日本語は難しいけれど、利用者さんが説明してくれます。日本語学校の先生みたいにね(笑)。それもまた“コミュニケーション”にもなっていきますね。

私のこれから。

目の前の目標は介護福祉士の国家資格を取ることが、大きな目標です。がんばります!
資格を取ったら……って、そこまでまだ考えていないです(笑)。それだけ大きな目標。

でも、大きな大きな夢としては、「介護施設を開設したい」です。ベトナムか日本で。

日本でならば、ベトナム人用の施設を開設したいです。
ベトナム戦争(1964年〜1975年)で国を逃れ、日本に来られた方が大体、介護を受けるような年齢に差し掛かってきています。

異国でがんばってきたからこそ、同じ気持ちが分かりますので、そういう方々を受け入れる施設、やってみたいですね。

国を守った先人に敬意を表して。

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