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欲張りはたらい落としのはじまり

「えーマッチングアプリで頑張ったら見つかるとは思いますけど、正直がんばってまで再婚したくないと言いますか・・・」
「そうかぁ、・・・まぁ、そうやな、ご縁だしな、有象無象から伴侶を探すのは砂漠とまではいかんでも、久米さんの作った書類からスペルミス見つけるくらい難しいな」

この野郎。これだから既婚者は嫌いなのだ。余裕のドヤ顔、普段の仕事っぷりを見ている、ステルスで精度を褒めてくれてもいる、嫌味のないアピール。鮮やかにたらしてくる。

「いやわたしの書類のスペルミスの方が簡単に見つかりますよ」

反撃にもならない情けない返しである。かわいげもない。しかしこの若干浮かれた既婚者、なんとプレパパである。それがさっき、もうすぐ産休に入るおしゃべりな西田先輩との雑談で判明した。プレママとプレパパ、こどもも同級生とわかったそうだ。タノシソウデスネ。はいはい、おめでとうござんす。

結婚してからしばらくして、わたしは妊婦が嫌いになった。わたしがどんなに頑張ってもいくらお金を払っても絶対に手にすることの出来ないものを、彼女たちはとてもとてもやさしい顔をして撫でているから。

「そうか?見つからないようになるようにがんばりな?」
「あの、ヒューマンエラーは想定してください」
「それもそうやなぁ。・・・意外と欲がないんやな、久米さんは」

欲ならある。けれど望むものは手に入れられないとか、望んだくせに自分から手を下し手放したりとか、欲を出した結果がよろしくないのだ。だからひとりで生きると決めて身の丈暮らしをしているんだから。そんなこと言えるわけもなく、わたしは曖昧に笑って視線を落とし、最後の力を振り絞るようにこう返した。

「なんだろうな、欲張った瞬間に、たらいが落ちてくるんですよね」

困った顔をしてみせたのに、目の前の田辺さんの瞳の奥に戸惑いを見つけて、自覚した。わたしはたぶん悲しい顔をしてしまった。

「ドリフみたいに」

これが本当の最後の力だ。精一杯のにんまり顔でしめくくって、わたしはわざと腕時計に目を落とした。そろそろ歯磨きをしに行かないと女子トイレが混雑する。

倍にして返すくらいの文章を書くよ!!!!!