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♪コンテスト参加短編小説 【店名は "あなたであれ"】

<あらすじ>

短大卒業後も就職せず、故郷の南の離島にも帰ることなく、大都会で自分の居場所と生き方を探し続けるアヤノ。
ある日の深夜のバイトからの帰路、真新しい店舗のガラス越しに、カニ踊りのようなシルエットの動きを見かけ、思わず歩を止めてしまう。
後日 『BE YOU』 の看板が掲げられた美容室らしいその店を訪ね、扉を開けてみると……

#仕事のコツ

短い物語の行間にちりばめたつもりの、筆者からのメッセージ、それぞれの立ち位置で感じ取っていただければ幸いです。
 

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【店名は "あなたであれ"】

  
 
ラテ丸マスター。 
私、わたしになって、わたしをいきます!

 

1

居酒屋のホール係のバイトを終えれば、今度は終電時間とのマッチレース。
だったら片道2kmほどの帰り道、電車賃も惜しんで日付変更線を歩くのが、私の日課。
「都会の夜道は気をつけなきゃダメだよ」
この街に出て来て最初の頃は、そんな忠告の意味もわからなくって。
「××××!」
連呼しながら後をつけてきた変なオジサンの話題を、そのまんまブログ上で文字にしてしまい、後で顔から火が出たことも、ようやく苦笑い話。
だってそんなスラング、島じゃ誰も口にしなかったし。

あれっ?
こんな時間なのに道路に面した1階部分から、煌々と明かりが漏れているわ?

見ればロールアップカーテン越しに、なにやらシルエットが揺れていて、
「な、何?カニ踊り?」
それは片手にハサミを構え大柄な人影で、前衛舞踊とラジオ体操をブレンドしたような、不思議な動きを繰り返していたの。
見上げた壁面はシートで覆われていたけれど、どうやら自宅兼店舗みたい。

美容室かな?
だったら今度、勇気を出して訪ねてみようかな?

大都会の短大に進学して、初めて学友に連れて行かれたお洒落な美容室は、離島出身の私には敷居が高過ぎたの。
それ以来自分で前髪を切るだけの季節を数えていたから。
島に一軒だけの理容室兼美容室みたいに、過度な装飾も派手なお化粧のお姉さんの顔写真もないから、ここなら大丈夫そうだし。
中のあの人がマスターで、開業に向けて練習しているのかな?

偉いなあ……

 

2

「それにしてもベタなネーミングね」
乳白色の壁に掲げられ、太陽光に控え目にきらめく屋号は『BE YOU』。
だけどその分またまた安心できて、ガラス越しの店内を覗いてみれば、人影はなし。
深呼吸数回から勇気を出して扉を開き、静かに店内へと歩を進め、
「ごめんください」
思ったより小声しか出せなかった。
 

 
数秒後の足音に続き、姿を見せてくれたその人を目にした途端、今度は大きな声で、
「ラテ丸!?」
「へ?」
「あっ!あの……その……」
ラテ丸は私が島から連れてきた、子どもの頃から可愛がっている、大きなクマのぬいぐるみの名前。
色がカフェラテみたいだから、高校生になってこの名前にした、いわば私の同棲相手。

やっちゃった。

精一杯謝って逃げ出そうとしたその時、奥から女性の声が。
「どうしたの?また新しいニックネームを頂戴したの?」
巨大ラテ丸そのもののその人は、照れたようなまんまるな笑顔で、頭をポリポリ。

 

3

「それはできませんね」
思い切り過ぎのショートカットをお願いした、私のお財布事情を瞬時に見抜かれたのか、初対面のマスターの口調はやや強めだった。
「こんなにも綺麗な黒髪、誰にも負けないアナタの魅力ですよ。10センチ以上は切りたくありませんね」

魅力?
こんな超田舎娘の魅力が、この太くて重たいばかりの髪の毛の束?

ここでふたたび助け舟を出してくださったのは、マスターの奥さまだろうな。
「もうちょっと物の言い方があるでしょ!?ごめんなさいね。ウチのなんとか丸・・・・・・なんでしたっけ?」

真新しいから当然なのだろうけれど、無駄な装飾が一切ない、白と黒と杢目基調の明るい店内が心地好くて。
私には暗過ぎて、無意味なアイテムがこれでもかと並んでいる都会の美容室は、落ち着かない以上に緊張感が膨らむばかり。
親しみやすさと馴れ馴れしさの区別が感じられない、若い美容師さんが語りかける話題にも、全然ついていけなかったし。

素敵な美容室を見つけたけど、次はいつ来れるかな……

 

4

「それって安すぎませんか?」
「ご注文の半分しか切ってないから半額です」
「だからァ……もうこの人はァ!」
カットの技術のことは正直わからないけれど、島の美容室とは桁違いの手さばきと仕上がり具合。
顔のパーツはさておき、テレビや雑誌を見て内心憧れ続けていた髪型って、もしかしたらこれ?
戸惑いと嬉しさの中、お会計を申し出たところ、またしてもこんなやりとりに。
そして話はここから一気に、さらなる想定外の展開へと。

「もしよろしければ、カットの実験台になってもらえませんか?お金は払えないけど、晩飯ぐらい食べていってもらいますよ」
「もうっ!アンタはカニ素振りの前に、日本語を勉強し直しなさいっ!」
「あの日の真夜中のあれ、カニ素振り、っていうんですか!?」

 

5

「アヤノさんは『すぶり』と『そぶり』の違い、わかりますよね?」
閉店時間後のこの日のカットモデルは、毛先を僅か数センチ切り揃え、ボリュームを軽くしていただいただけ。
食卓に招いてくださった、マスターのこんな問いかけに、私の箸と咀嚼が止まった。

はっとした。

短大卒業後も新卒就職せず、フリーターで脈略なく、仕事を変え続ける季節を数えていた、あの頃の私は22歳目前。
テーマパークのスタッフ、結婚式場の裏方、パン屋さんの店頭販売、コーヒーチェーン店のスタッフ、洋服店の店員、それからそれから……
故郷に帰っても仕事なんてないし、離島までの交通費は半端なく高額で、この4年弱で帰省できたのも、成人式出席の1度だけ。
節約すべくインターネットのプロバイダ契約も解約して、1日中働き続けて、ラテ丸がお留守番する自宅に戻れば、泥のように眠る繰り返し。

そんな私の背中を優しく力強く、支え押してくれるのが、この美容室。
『BE YOU』の由来は、マスターの名前の「美洋(よしひろ)」なんだって。
この見事な言葉遊び、座布団5枚!って感じだけど、奥さんのネーミングだろうな。

だけどホントに不思議な美容室。
私以外の常連さんが、特に用事もないのに、ガラス越しに中を伺っていたり、差し入れ持参で立ち寄ったり。
誰もが控え目で、先客の姿を確かめると一瞬だけ落胆未満の表情から、そっと引き返したり。
「我も我も」じゃなく「どうぞどうぞ」と無理なく、それでもマスター夫婦との時間が宝物なんだろうな。
それは私も一緒だけど。
   

 
敢えて言葉にはしていないんだけど、私、知ってるんだ。
マスターが営業時間外も、来店できない高齢者や病気療養中の方を訪ねて、カットしてあげていることを。
店休日も研修や会合で忙しいうえに明らかなメタボだし、閉店後の晩酌が楽しみみたいだし。
 
身体、大丈夫かな?

 

6

数年振りに父親の前に正座させられ、懇々と説教されているような、懐かしい頼もしさを覚えていたの。
マスターの朴訥な口調は、受話器越しだったら鋭角的に響いて、傷ついてしまうかも?
だけどまんまるなラテ丸笑顔と、巨体に似合わぬ細やかな仕草に包まれて、すんなりと心の中に溶け込んでくるから、ホントに不思議。

「18歳から都会人に遅れること数年、駆け足で確かめた街暮らし。そろそろお腹一杯でしょ?」
マスターは私の答えを待たず、言葉を続けたの。
「広く浅くはアヤノちゃんにとって経験値でも、採用する側からすれば、長続きしない人間だと解釈されがちなのが、実社会なんだよ」

わかってる。
25歳を過ぎた頃から、応募すれば即採用が叶わなくなり始めていることを。
応募先の企業としての信用度や待遇面も、少しずつ悪くなっているであろうことも。

奥さんは穏やかな表情で黙っている。
「僕たちはアヤノちゃんみたいに、毒キノコや毒蛇を区別できないし、この先空や海が荒れることも、虹が架かることも気づけないんだ」

わかるよ。
マスターが私に言いたいこと。

「だから謹んで引き受けてごらんよ。数年前に退社したコーヒーチェーンからの、正社員のお誘い。ヘッドハンティングって、この上なく光栄で誇れることだし」

わかってるよ。
きちんとした企業だし、あそこで働けば、暮らしも随分以上に安定して楽になるし。
だけどあの職場は、人間関係がホントに辛かったんだ。
仕事は大好きだったけど、逃げ出すように辞めさせてもらった過去、やっぱ怖いよ。

「これはお説教やお涙頂戴話じゃなく、俺の独り言なんだけどね」

え?

初めて耳にした、マスターの「俺」から始まった話は、正直想像できていなかったの。
もうこんな年齢なのに、私はまだまだ世間知らずというか、
「黙っていても私のことを理解してくれなきゃイヤだ!」
島時代から折に触れて直すように注意され続けていた、いわゆる「かまってちゃん」のままだったんだ。

マスターの家庭環境は複雑で、親戚をたらい回しされるように、転校を重ねた小中学生時代を過ごしたんだって。
高校には進学できず、人生の選択肢も与えられぬまま、紹介された理容室での住み込み修行。
師匠の家族と囲む食卓では、漬物一切れに箸を伸ばすことさえも、遠慮するような雰囲気だったって。
そのまま理容師として歩み始めるも、一念発起して美容師の勉強を始め、ようやくここに自分の自宅兼店舗を構えたタイミングで、私と出会ったの。

そしてね。
生きていたら私と同世代の女の子が、お2人にはいらっしゃったんだって。
  
「俺はアヤノちゃんみたく、あれこれ自分の生きる道を試すことはできなかった。だけどその結果、こうして小さいながらも一国一城の主になれたんだ」
「継続は力なり?」
「それだよ。すべてがその限りじゃないだろうけれど、ハッキリ言って今のユミノちゃんには、対外的に公言できる、本物の経験値は備わっていないと思うな」

痛過ぎるけど、不思議と腹立たしくなかった。
「そっかあー」
視線を左上に泳がせ、顔面の筋肉だけで不自然に同意する私の悪い癖の、この一言も出なかったし。

「まだ最終返答まで少し期限があるんだろ?最後に決めるのはユミノちゃん自身だけど、これは結果報告をお願いしておくよ」
「私も待ってるわ」
ようやくの奥さんの一言で、無意識の中張り詰めていた緊張の糸が緩んだのか、目尻から熱いものが流れ落ちてしまったの。

キヤ アヤノ この時27歳。
恩師や島の先輩が声を揃えていた、本土でスムーズな転職が望めるリミットの年齢は、もう目の前。
いまだ大都会で、本気の恋愛らしき恋愛、未経験継続中。


7

『店主急病につき当面休業します。再開予定は追って告知します』
数日後ドアに貼り出されていたこの一文は、季節を数える中、次第に色焼けから文字が消えて行くばかり。
上階の住居に人の気配もなく、やがて正面の『BE YOU』も、汚れの堆積が目立ち始めて。
 

 
初めてここを訪れた頃に、私の髪型は逆戻り。
他店に浮気なんかしないから。
時折自分で前髪を切り揃えつつ、束ねた後ろ髪は次第に長く大きく。
さらには仕事に追われる毎日、自宅から徒歩圏内なのに、様子を伺いに足を運ぶ回数も、次第に少なくなっていたの。

 

8

幸運にも公休日と重なったこの日、出遅れてはならないと、島時間にはならず、朝8時過ぎには到着。
だけど店の前はすでに、10人以上の先客で賑わっていたわ。

「うわっ!長髪集会だ!」
6つもの季節を数える間、誰もが一途だったらしく。
自分でカットを失敗から、明らかに不自然な凹凸の毛先のおばさんが、
「浮気者!なんだその髪型は!?あはははは」
槍玉にあげる方もあげられる方も、誰もが笑顔。

病み上がりのマスター、こんな大勢を相手にしたら、また倒れちゃうよ。
後日出直そうと、踵を返して顔を上げたその瞬間、ようやく住宅街の隙間から届き始めた逆光の朝日の中に、長身でスリムなシルエットが。

「ごぶさたでしたね……ボク、僕ですよ。30kgも痩せたんだよ」
咄嗟に声が出ず、パクパク状態の私に向けて、人差し指を口に当てて「静かに」サインを届けてくれたの。

「今朝になって備品を切らしているのに気づいてね。裏口からこっそりコンビニに買いに行ってたんだ」

もう泣きそうだよ。

「ありがたいことに今日は混雑だけど、夕方で早終いするから、その頃に来れるかな?晩飯一緒しない?」
クシャクシャの顔で頷くのがやっとだった。
「それじゃ!華麗に変身して、お客様の前に登場するから、こっそり帰るね。おっと、加齢じゃないからな!」

日本語上達してるし。

 

9

誰にも邪魔されずに、おふたりにお伝えしたいことがあるの。
あれから1年半、正社員として辞めずに頑張り続けて、私の社会人新記録更新中です。
だけど2年持たないの。

ごめんなさい。

えへへ……あのねそのね……
永久就職先が決まっちゃったみたい。
来月でこの街を離れ、私を選んでくれた奇特な人についていきます。
部屋のラテ丸も一緒に。

BE YOU!
アナタになれ!アナタであれ!

ラテ丸パパとママの教えを、未来への人生の糧として。
 

この物語の主人公のイメージとなってくれた女性。
※本人承諾で掲出。

 
(※本文総文字数=4974) 

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