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「場」はお客様がいて初めて成立するものだと実感した日。

十二年くらい前、大学三年生だったころ、きっかけは覚えていないけど、午後一の授業を取らずに昼休み~三限の時間を使って、ちょっといいランチを大学の近所に食べに行くということを何人かの友人としていて、ワインを飲んで四限の授業に出たりしていた。その流れでディナーも行ってみようと盛り上がり、あれこれ検索した結果、クリスマス特別ディナーを一日ずらした年末に、汐留のタテルヨシノを二名で予約した。その時の話。

一人10,000円のコース。当時にしては大奮発。予約は電話で無難に済ませたものの、何着ていけばいいの?と二人で悩み、就活が始まっていたもののリクルートスーツじゃないよねと結論付け、ジャケットパンツは黒でそろえて、私服で履いていた革靴にシャツを着てノータイ。相手もキレイめのワンピースに髪をセットアップしてきた。

コートはまだしも荷物を預かってくれるレストラン自体が初めてで、お預かりいたしますと言われびっくり。無事席に通され、門前払い食らったらどうしようって思ってたから第一関門突破的な?フロアを眺めるとだいたいは男女二人で、女性はキレイにしていて、男性はスーツが多いものの、シャツにジャケット着て革靴履いてればOKみたいな感じで、だいたい同じような色調に落ち着いていた。自分たちもだいぶ背伸びはしたもののそこまで場違いではなさそうだと思い一安心。ただ場全体としては意外とみんなカジュアルに楽しんでるんだなと思えるくらい和やかだったのが新鮮だった。もっと張りつめてるもんだと思ってた。

アテンドの方に挨拶をしていただいて、メニュー選び。確かプリフィックスのコースだった記憶で、メインといくつかの料理を選んだ。このとき予約の電話で、当日お見せするメニューは金額を載せてないものがいいかと聞かれた理由に納得した。これは確かに配慮してくれるとうれしいかもと。

続いて飲み物選び。まだワインはそこまで強くなく、二人で1本は開くけど2本目はどうかってくらいで、料理に合わせて選んでいただきたいとお願い。ただこのころはまだ渋すぎるのが苦手というくらいで特段の好みはなく。正直最初の一杯をどうオーダーしたかは覚えていない。今思えば次の一杯につなげやすいものを3種類、値段別に提示してくれたのだと思う。たぶん泡を頼んだはず。

そして乾杯。おいしい。前菜ももちろんおいしい。居酒屋と違って料理名だけじゃなくてあれこれ説明してくれるのが新鮮で、ついつい反応してしまう。アテンドの方はシェフソムリエという立場でワインも選ぶし料理も作る方で、今日この場に至ったわけを説明し、ちょっと場違いかもしれないが楽しみたい旨を申し出る。

白ワインを選ぶことになり、それならばと持ってきていただいたのが、ハンガリーのトカイワイン。の辛口。普通貴腐ワインというと甘口なんですけどこれは辛口でねとオススメされ一口。口に含むまでは本当に甘口のそれで、しかもハチミツが入ってるんじゃないかと思うくらいの甘さ、でも飲んでみると辛口で、なんじゃこりゃと今でも印象に残っているワイン。その後そのワインが載っている雑誌も持ってきてくれてこのワインですよと。

途中殻付きのエビの半身をきれいに剥けるかなとかちょっと焦りはしたもののなんとかこなし、終盤。デザートワインも面白いものを持ってきてくれた。なんと紅茶の味がするワイン。正直まだワインと言えばその年のボージョレヌーボーで多少克服したものの、まだ酸っぱいか苦いかのイメージが強かったけど、この日でワインって面白いって素直に思えた。みんなでメニューとにらめっこする居酒屋とは違って基本的に男が選ぶものというのも理解した。

デザートもワゴンで好きなだけ選ばせてもらって、最後のコーヒーまで飲んで大満足。アテンドのソムリエの方は料理が出てくるたびに顔を出してくれて、お味はどうですか?ワインと合いますか?とちょっとした小話を交えてずっと気にかけてくれた。思えばこちらから呼んだ記憶はない。必ずいいタイミングで声をかけてくれた。

料理もワインもおいしかったのはもちろんだけど、二十歳ちょっと過ぎの若者をちゃんと客として扱ってくれて、でもパーカーとか着て行ったらどうなってただろうとか、居酒屋のノリで一気飲みとか大声で話してたらどうなってただろうとか、そういうことも感じた。今回自分らは突撃フルコース!みたいな企画ノリだったけど、もしかしたら同じ場にプロポーズとか、大事なことを考えていた人もいるかもしれない。

よほどのことない限り、いろんなケースの人が同じ場に集まるのが飲食店で、自分みたいに背伸びした人もいれば、常連もいる、日常的にこの価格帯のお店を利用している人もいる、特別な日にしようとしている人がいる。友人恋人夫婦もいれば人に言えない関係の方もいる、いるかもしれない。それぞれみんな違うのに、それぞれに楽しんでもらえるようにサーブするってホントにすごいことだと思うし、客もその空間をつくる一員なんだなと。仮にあのとき自分が無駄に騒いで、誰かの特別な日を壊してしまうかもしれない。自分はいいだけ楽しんで、誰かにとっては最悪な日になってしまう。そういうことがあるかもしれないんだなと。ドレスコードの意味もちゃんと実感した。

初めて自分で予約したフルコースが、ホントにおいしくて楽しくて、当時学生の自分でも行っていいんだと、大人な空間に自分たちも加われたような、大人の階段をのぼったような気持ちになれた。きっとソムリエの方が緊張をほぐしてくれて楽しませてくれて、あの空間に「加えてくれた」ようにも思える。

この時からレストランの利用の仕方が変わったように思う。お店全体の雰囲気であったり、アテンドの方と一緒にその日の料理を組み立てていく楽しさであったり、ちょっとした会話であったり、食事の場がどんどん豊かになったと思う。逆に他のお客様の邪魔するような振る舞いはよくないなとも。最近自分たちが気軽に楽しんでいる横で緊張気味の男女を目にすることも増えてきたように思えて、そのときはあたたかく見守るようにしている。

どのサービス業でもたいてい「期待以上」という言葉が存在すると思う。期待以上のクオリティとか、期待以上の○○とか。でもその期待以上を実現するためには必ず客が必要で、判断する客がいなければ期待以上かどうかなんてわからないし、だんまり決め込んだ客に対して期待以上を提供できるかっていうと難しいと思う。お金を払ってサービスを提供してもらうっていう1:1じゃなくて、一緒になって初めて期待以上を生み出せるんだなと。自分が食事に行くとき、何を買うとき、サービスを受けるとき、仕事で自分がサービスを提供する側のとき、今思えばこの日のおかげで一本軸ができた。

今では他に行ってみたいお店がたくさんあるけれど、いつかまた予約していきたいなと思う。あのときのおかげでってお礼言いたい。

今日は黒ワイン様の #わたしの食のレガーレ  企画として書きました。詳細はこちら。


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