見出し画像

インド人と休日を過ごした話(中編)

だいぶ期間があいてしまった前回のあらすじ。

休日、気まぐれに上野へと行った私は、駅構内の端でたまごっちを操作していたら見知らぬ外国人と出会った。
その外国人はYouTuberで、日本語の勉強をしながら日本の素晴らしさを伝えるために動画制作を行っているのだという。
動画をあげるために上野公園へ行きたいらしく方向音痴の私に道を尋ねてきたため、言葉で道案内ができない私は一緒に上野公園へ向かうことにした。
最終目的地は上野動物園だというが、楽しそうに動画を撮る外国人のHさんに度々置いてけぼりを食らうことになった私は果たして、無事に彼を上野動物園へ送り届けることができるのだろうか。

と、いった内容を詳しく書いた前編はこちら。

そしてその続き。
昼食の誘いを断れなかった私は、昼食を一緒に食べたら帰ろうと考えながらHさんと上野公園内を歩いていた。
何が食べたいのかを尋ねても、明確な答えはなく、Hさんは「上野の名物は何ですか?」と私に尋ねてきた。
上野に名物なんてあるのか……?
悩みながら駅の方へ向かおうとすると、上野公園からは出たくないと首を振るHさん。さてどうしたものか、と私がスマホを片手に飲食店を調べていると、私の横でHさんは立ち止まった。

「あれはなんですか?」

それは土曜から月曜にかけて上野公園で行われていた牡蠣フェスだった。(のちにこの牡蠣フェスで食中毒が起こったとニュースで知ることになる)
私も詳しいことは知らなかったため、「オイスターをその場で料理していて、それにお金を払ってお客さんが食べてるんです」と簡単に説明した。Hさんは興味をひかれたようで、突然カメラを起動させるとその場で撮影を始めた。
慌てて私は映り込まないように脇に避けるも、逆光などが気になるのかくるくると回るHさん。避けるのにも限界がありそうだったため、仕方なく少し離れた場所に移動した。
そして私が振り返ると、さっきまでそこにいたはずのHさんは消えていた。

「えぇ?」

思わず間抜けな声が出てしまった。本当に。
きょろきょろとあたりを見渡すもHさんの姿は見えない。どこに行った? 困惑しながらも、ここから離れたら間違いなく二度と会えないと思った私はとりあえず牡蠣フェスの入り口付近にてHさんを待つことにした。
恐らく牡蠣フェスの会場の中へ入ったのだろう。興味があったみたいだし、撮影もしていたみたいだし。
そうして私は、30分間の待ちぼうけを食らった。
正直もう帰ってしまおうかとも思った。絶対に戻ってくるという確信はあったが、今日会ったばかりの外国人に待たされるには30分は長い。
でもここで私が帰ったら、戻ってきたHさんは困るだろうし。そんなことを思うと、立ち去ることができなかった。
30分後、Hさんは牡蠣フェスの会場から出てきた。私はすぐに駆け寄り、声をかける。

「なにか撮れましたか?」
「はい!撮れました!」

嬉しそうに答えるHさんに何も言えず、私もうんうんと頷く。Hさんは会場を指差すと、「ここの名物はなんですか?」と尋ねてきた。
私は一瞬困惑し、「牡蠣……オイスターフェスなので、名物はオイスターです」と答える。そう答えるしかなかった。でもなぜかHさんは首を傾げていた。

「オイスターだけですか?」
「オイスターだけです。名物のオイスターを、いろんなお店でちがう料理をして、みんなに食べてもらうっていうイベントなので……」
「ふんふん。そういうイベント……わかりました」

納得したようだった。
日本に来て数ヶ月の外国人に、“期間限定で行われているイベント”をわかりやすく説明できず、私ももどかしい思いだった。
毎日牡蠣フェスをしていると思われていたらどうしよう、と少し悩んでいると、Hさんは言った。

「私の国では、オイスター食べません」

そうなんですか、と相槌をしながらなんとなく理解はできた。
どこの国かは知らないが、海外では様々な食文化があるのだろうし。
そういえば、このときまで私はHさんがどこの国から来たのか聞いていなかったな。
どこの国から来たんですか?と尋ねると、彼は「インドです」と答えた。恐らく外見からしてそうだろうなとは思っていたのだが、改めて聞くと自分が初めて会ったインド人に上野公園を案内している事実に驚いた。

インドかぁ。
小学生の頃、学校にインド人の方々を招いてカレーを食べたり手に葉っぱの模様を描いてもらったり、民族衣装を着せてもらったりしたなぁ。

懐かしい思い出に浸りながらスマホを見ると、もう13時半を過ぎていることに気がついた。
季節は冬。あまり時間が遅くなると、動物園の動物たちが寒さで室内に入ってしまう。そうしたらせっかくここまで来たHさんが、動物たちの生き生きとした映像を撮れないのではないか。
心配になった私はHさんに、「とりあえず動物園に入った方がいいです。動物たちは寒いと、お家に帰っちゃうので」と説明した。
慌てて動物園の入り口までHさんを案内すると、Hさんは私に言った。

「中に、食べられるところはありますか?」
「ありますよ、少し小さいレストランですけど……」
「じゃあ、行きましょう」

あ、そうか。
これは私も動物園の中に入らなくてはいけないのか。
結局私は、Hさんと食事をするために動物園の中に入ることになったのだった。
私は上野動物園の中にあるレストランを利用したことがなかったので、入り口でHさんと列に並びながらメニューを調べた。Hさんにもスマホの画面を見せ、どのメニューにしようかと二人で眺める。

「チキンがいいです、ビーフは食べられません」
「これは大豆肉ですけど、豆もダメですか?」
「豆……(静かに首を振る)」

そんなやり取りをしながら注文し、外にあるテラス席で食事をすることになった。
簡単な日本語で会話をしていると、5人組の外国人がそばを通りかかる。なんとなく顔立ちがHさんと似ているなぁ、なんて思いながら眺めていると、なんとHさんがその中の一人に話しかけた。
ぎょっとする私をよそに、Hさんとその外国人は嬉しそうに会話を続け(内容は全くわからなかったが)どうやら向こうの席で5人で食事しているよ、とHさんに伝えているようだった。
会話を切り上げ、再び二人きりになった瞬間、Hさんは嬉しそうに言った。

「彼らも、私と同じ国の人でした。私は今日、日本で初めての友達ができて、そして初めて同じ国の人と会いました!」
「そうなんですね、よかったですね!」
「私は彼らに言いました。私はYoutubeで動画を編集したものを載せています、動画の相談がしたいのですがいいですか?と。すると彼らは、いいよと言ってくれました。向こうで待っていてくれるって言っていました」

なるほど。
確かに言葉の通じる同じ国の人と話す方がHさんも気が楽かもしれないな。そうなると私はここで帰っても大丈夫そうだな。帰る前に動物園の中を簡単に見てまわろうかな。
そんな風に考えている私に、Hさんは当然のように言った。

「彼らにあなたを紹介します。一緒に行きましょう。なぜならあなたは、私が日本に来て初めてできた友達だからです」

そんなまっすぐなお願いを断れるはずもなく。
東京の、上野動物園の中で私はインド人に囲まれることになったのだった。
後編へつづく。

この記事が参加している募集

散歩日記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?