見出し画像

Frank Zappa「Zappa/Erie」レビュー

 フランク・ザッパの1974年と1976年のライブを収録したCD6枚組の発掘ライブ盤「Zappa/Erie」をレビューしていく。一応最初に書いておくと、自分は「Roxy & Elsewhere」「One Size Fits All」をザッパのキャリアの頂点と捉えているので、勢い1974年の演奏についての記述の方が多くなりがちなことをご承知おきください。

 本作は、ザッパの没後の作品に古くから関わってきた"Vaultmeister"ことジョー・トラヴァースの故郷である、ペンシルベニア州エリー周辺でザッパが行ったライブというのをコンセプト(?)としている。具体的には、CD1~2枚目に1974年5月8日、3~4枚目に1974年11月12日、5~6枚目に1976年11月12日と、CD2枚を一区切りとしてそれぞれ異なる時期のライブが3つ収録されている形となる。また、3枚目の1~2曲目、6枚目の12~14曲目には埋め草的に別の日の演奏が入っている。


Disc 1-2

Edinboro State College, Edinboro, PA, May 8, 1974

 1974年4~5月の「マザーズ10周年記念ツアー」から、5月8日のライブを収録。この日のライブはザッパの生前の名ライブ盤「Roxy & Elsewhere」のうち、"Elsewhere"の部分(「Son Of Orange County」と「More Trouble Every Day」)の元音源として知られており、このツアーから一公演を選ぶとすれば妥当なチョイスといえるだろう(制作側もこうした生前の作品との関係は意識しているはず)。あまり大きな声では言えないが、かねてより非公式のサウンドボード録音が出回っていたので、ザッパの熱心なファンであればすでに耳にしている方も少なくないと思うが、何はともあれこうして公式で聴くことが出来るようになったのは喜ばしい限りである。なお、非公式録音では複数の曲に欠落があり、特に後半の初期曲メドレーのうち2曲が丸ごと未収録だったのが大きな減点要素だったが、本作は全曲完全収録で、音質も当然ながらこちらの方が遥かに良い。

 マザーズ10周年記念ツアーの特徴としては、「大編成のバンド」「珍しいセットリスト」の二点が挙げられる。

 バンドのメンバーの多くはRoxy期の8人編成からの引き継ぎだが、この時期はルース・アンダーウッド(パーカッション)が不在で、代わりにジェフ・シモンズ(ギター、彼は1974年2~3月のツアーから参加)、ドン・プレストン(シンセサイザー)、ウォルト・ファウラー(トランペット)が参加しており、総勢10人の大編成となっている。音の傾向としてはブラス隊の活躍が目立ち、1976年12月の特別編成によるクリスマスコンサートや、1988年のラストツアーの前哨戦めいた趣もある。

 セットリストで目を惹くのは何と言っても後半の初期曲メドレーである。確かにザッパ史において重要な作品であるとはいえ、今となっては流石にローファイな印象の強い「Freak Out!」「We're Only In It For The Money」の収録曲を、1974年の全盛期に近いメンバーによる現代風(と言っても1974年だが……)のテクニカルな演奏で聴けるのだから、これはもうファンとしては興奮せざるを得ない。自分の中では歴代最高のボーカリストであるナポレオン・マーフィー・ブロックが多くの曲でリードボーカルを取っているのもポイントで、特に「Hungry Freaks, Daddy」は彼の破天荒な歌い回しが曲の挑発的なテーマ性にマッチしていて、はっきり言って原曲より遥かに格好良いと思う。また、「You're Probably Wondering Why I'm Here」や「Wowie Zowie」は、そもそもライブで取り上げられる機会自体が極めて少ないレア曲であり、かなり新鮮な響きがある。「Wowie Zowie」は中盤ドシャメシャになった後にジャジーな雰囲気に変わるアレンジが面白い。

 前述の通り、本作では「Roxy & Elsewhere」の収録曲「Son Of Orange County」と「More Trouble Every Day」の全長版も聴くことが出来る。ただし、この2曲はアルバムに収録されるにあたってギターソロを中心に大幅な短縮編集が施されており、元の演奏は割と冗長だったりする。もっとも、ザッパのギターソロは必ずしも構築美を旨としているわけではないし、ここはむしろ彼の編集のセンスを褒めるべきか。「More Trouble Every Day」は「Roxy & Elsewhere」だと急にフェードアウトしてしまうので、初めて聴いた時は「最後まで聴かせてくれよ!」と思っていたが、本作で一連の流れを確認すると、曲の終了後に間を置かず「Camarillo Brillo」に突入するため、苦肉の策(?)としてフェードアウト処理で終わらせたということが分かる。ザッパに限らず、昔のライブ盤で不自然な編集が行われている時は大抵何らかの止むに止まれぬ事情があるものだが、やはり実際に自分の耳で確かめないとモヤモヤが残ってしまうので、こうして種明かしをしてくれるのはありがたい。

 順序が逆になったが、セットリスト前半の当時の新曲群もブラス隊を活かしたゴージャスなアレンジが施されていて楽しい。中でも低予算の怪獣映画に題材を採った「Cheepnis」は、下世話に盛り上がる演奏が曲想に合っていると思う。「Inca Roads」はこの時点ではまだ発展途上の内容。前年のラウンジ・ミュージック風のボーカルパートからテクニカルなインストに雪崩れ込むアレンジと比較すると、曲の構成は決定稿(「One Size Fits All」のテイク)に大分近付いているが、本作のテイクは前半でパーカッション類が音を刻みまくり、リズムを固定化しているのが大きな特徴。ギターソロの最中でもチャカポコ鳴っているのはややシュールな感じもするが、試行錯誤の跡が垣間見えてなかなか面白い。ギターソロの後は決定稿と同様にスピーディーな演奏になるが、ジョージ・デュークのキーボードソロの前にブルース・ファウラーのトロンボーンソロも入っているのが贅沢で良い。「Dupree's Paradise (Intro)」ではワーグナーの「ローエングリン」より第3幕への前奏曲が引用されるが、この辺は1988年バンドにも通じる芸風で微笑ましい。


Bonus Track

Convocation Center, Notre Dame University, South Bend, IN, May 12, 1974

 1974年5月12日のライブから、「Montana」と「Get Down」の2曲のみ収録。「Get Down」は「Dupree's Paradise」の前奏で、5月8日の演奏とは異なり、「Dummy Up」を彷彿とさせるファンキーなジャムが繰り広げられる。正直この2曲だけ聴かされてもという感想を抱いてしまうが、一応ライブ全体をリリースする計画もあるようなので、その予告編として収録したものだろうか?

 ちなみに、この日のライブはそれなりの音質の非公式録音が存在しており、これが「Unmitigated Audacity」というブートレグの元となった。このブートの音質は元のテープから格段に劣化しており、現代の目線から評価するなら歴史のゴミ箱に叩き込むべき悪質な海賊盤の一つに過ぎないが、当時は内容の珍しさで需要があったのか、「Beat The Boots」シリーズ(市場に出回っていたザッパの有名なブートを本人が勝手に公式盤としてリリースしたもの)にも採用されている。ウーン、それならいっそ生前の時点でこの時期の良質なライブ盤を出してくれても……まあ、当時のザッパには時間があまり残されていなかったので仕方ない面もあるのだが……。


Disc 3-4

Gannon Auditorium, Gannon College, Erie, PA, November 12, 1974

 1974年9~12月のツアーから、11月12日のライブを収録。この日のライブは非公式録音も出回っておらず、完全に初出の内容。

 ザッパの生前のライブ盤「You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 2」(1974年9月22~23日)と同時期の演奏で、収録曲も少なからず重複している。ただ、個人的には「On Stage Vol. 2」はもう耳にタコが出来るほど聴いてしまったので、別のライブが発掘されることは素直に歓迎したい。1973年から続くテクニカル路線の総決算ともいえる少数精鋭の演奏ということで、先のマザーズ10周年記念ツアーと聴き比べるのも一興だろう。

 本作独自の要素……として挙げていいのか分からないが、一部の観客が前に詰めかけたため、ザッパが曲中で落ち着くよう呼びかけている場面が散見される(「I'm Not Satisfied」等)。こうしたトラブルは聴く側としてはライブに変化をもたらす要素の一つとして無邪気に受け止めてしまいがちだが、ザッパは「Smoke On The Water」事件や、観客にステージから突き落とされるという出来事を経験している以上、観客の予期せぬ行動については常にシリアスに捉えていただろうし、一見余裕そうにあしらっていても、実際にはかなり神経をすり減らしていたのかもしれない。彼が後年になるにつれて、観客に対して席に座って聴くようしきりに促すようになるのも当然の帰結といえようか。

 音質についてだが、「On Stage Vol. 2」はこの時期のメンバー数が6人と比較的少ないのをミックスで補おうとしたのか、ギターの音が大きめに入っているのに対して、本作は良くも悪くも音源をあまり弄らず蔵出ししたような印象を受ける。本作の方が自然な音、あるいはより「生」っぽい音と言い換えることも出来そうだが、ここは好みが分かれる所かもしれない。

「Montana」は「On Stage Vol. 2」のテイクに近い、ゆったりとしたテンポの演奏。「Dupree's Paradise (Intro)」は本作のハイライトの一つ。アップテンポでノリノリなバッキングの上でジョージ・デュークとナポレオン・マーフィー・ブロックが掛け合う展開がファンキーで痺れる。本編の「Dupree's Paradise」は、ザッパがギターソロの頭で「Zoot Allures」のテーマを提示しているのが面白い。ソロの中盤では無伴奏っぽくなりこのまま散り散りになるかと思いきや、再び秩序を取り戻して熱を帯びていく構成が熱い。「Don't Eat The Yellow Snow」はタイトルだけ見ると紛らわしいが、組曲を全曲演奏している。「St. Alfonzo's Pancake Breakfast」のボーカルパートでテンポを落とし、そこから再加速するアレンジが格好良い。1978~1979年のツアーではコーダとして「Rollo」を演奏していたが、この時期は「Father O'Blivion」の演奏後にそのままメンバー紹介に移って終わる。その時の空気感が祭りの後のような切なさがあって好き。

 内容とはあまり関係ないが、ザッパがこのツアーで11月中旬から「Inca Roads」を取り上げなくなるのは何故だろう。実際本作でも演奏されておらず、せっかくの1974年下半期のライブなのにと少し残念に思ってしまった。11月中旬の出来事というと、トム・ファウラーが腕の骨折によりバンドを一時離脱しており、11月23日からは代役(Michael Urso→James "Bird Legs" Youmans)がベースを弾いているので、この人事異動が関係している可能性も考えたが、当時のセットリストを見ると、ファウラーが骨折する前の11月15日の時点ですでに「Inca Roads」がセットリストから外されているのが不思議。他に何か事情があったのだろうか。


Disc 5-6

Erie County Fieldhouse, Erie, PA, November 12, 1976
Sports Arena, Toledo, OH, November 13, 1976

 1976年10~11月のツアーから、11月12日(「City Of Tiny Lites」のみ翌日13日)のライブを収録。1974年11月12日と同様に、この日のライブは非公式録音も出回っておらず、完全に初出の内容。

 ザッパの没後のライブ盤「Philly '76」(1976年10月29日)と同時期の演奏。ザッパ・バンドのメンバーの中では非常に珍しい女性ボーカリスト、ビアンカ・オーディンもこの時点ではまだ参加している。

「Philly '76」の収録時間は約134分で、この時期のレパートリーをほぼ網羅しているのに対して、本作の収録時間は約111分と短く、コンパクトなセットリストの日が取り上げられた形となる。これは「Philly '76」が例外的なケースであり、どちらかと言えば本作のように110~120分ほどの演奏をしていた日の方が多かったようだ。ともあれ、ビアンカ在籍時の演奏については既存のライブ盤でより包括的な内容が発表されているといえるわけで、今回この日のライブが日の目を見たのは、本作の特殊な選定基準によるものが大きいだろう。

「Black Napkins」の後に演奏される「Terry's Erie '76 Solo」と「Patrick's Erie '76 Solo」は、タイトル通りテリー・ボジオとパトリック・オハーンのソロ。「Black Napkins」はビアンカのボイスパフォーマンス、エディ・ジョブソンのバイオリンソロ、ザッパのギターソロをフィーチャーしており、位置付けとしてはこのソロ回しの延長上にあると思われる。「Wonderful Wino」は「Philly '76」には未収録の曲。この曲はビアンカのソウルフルなボーカルが似合いそうだと期待していたが、ザッパがリードボーカルを取っていてちょっと拍子抜けしてしまった。1971年のツアーではフロ&エディが歌っていたし、他のメンバーにボーカルを割り振ってもよさそうなものだが。


Bonus Track

Forum, Montreal, Canada, November 10, 1976
Sports Arena, Toledo, OH, November 13, 1976

 1976年11月10日のライブから「You Didn't Try To Call Me」、11月13日のライブから「Black Napkins」と「The Purple Lagoon (Outro)」を収録。ビアンカは11月16日のライブの時点でバンドを去っている(11月15日に脱退した?)ので、現時点ではこの「Black Napkins」が彼女の最後のパフォーマンスということになるはず。


総評

 本作には3つのライブが収録されているが、やはり本命はCD1~2枚目にあたるマザーズ10周年記念ツアーだろう。このツアーは内容のユニーク性の高さと反比例して、生前の作品では「On Stage」シリーズで一切取り上げられないなど、お世辞にも扱いが良いとは言えず、どうにかして日の目を見させてやってくれないかという思いが強かった。今回それがついに実現したことについては素直に嬉しいと思ったし、自分の中のわだかまりがある程度解消した感覚もあった。

 とはいえ、リリースまでに相当な時間がかかってしまったこと、他のライブとの抱き合わせ販売のような形になってしまったことを思うと、正直複雑な気持ちもある。話が逸れるが、近年のザッパのアルバムは「Zappa '88: The Last U.S. Show」を除いてボックスセット形式の長大な内容ばかりで、ハードルの高さを感じることが増えた。一応ザッパのファンを自認している自分ですらそう感じるのだから、音楽ストリーミングサービスでの配信も行っているとはいえ、一定以上のファン以外がザッパの近作に手を出す可能性は相当低いのではないか。もちろんここでボックスセット商法が完全に悪しき文化だと言いたいわけではない。例えば「The Roxy Performances」「The Mothers 1971」といったライブ盤は、連続日程で行われたライブを包括的にまとめたアーカイブとしての性格が強いが、聴く側からすると下手に小出しにされるよりはこうして一気に放出してくれた方がありがたいし、これらのアルバムは聴き返す機会も多い。また、本作のうち1976年のライブは単体でリリースするのは難しかっただろうし、そういう意味では今回の形式にも意義はあるのかもしれない。ただ、もし今後も同じような路線が続くのであれば、ザッパの音源がさながら資源国のアナロジーのように見えて恐ろしくなってくる可能性も否定出来ないが……。

 タイムリーな話題だが、先日フランク・ザッパの遺族が未発表音源を含むザッパの全てのカタログをユニバーサルミュージックに売却したことが報じられた。このことが今後のザッパの「新譜」にどのような影響をもたらすのか、今の時点ではまだ何とも言えない所ではある(英語圏の反応を見ると悲観的なコメントが多くて心配になるが……)。言い方は悪いが、ザッパはもう30年も昔に亡くなったアーティストで、自分のような後追いのファンがこの先劇的に増えるとも思えず、残念ながら市場としては閉じていく一方だろう。だからマニア向けというかニッチ寄りというか、そういう商法が続いていることについては、これはもう仕方ないと割り切る他ない。ただ、そればかりだとやはり閉塞感が否めないし、何より一ファンとして多くの人にザッパの音楽を聴いて欲しいという思いは当然持っているので、多少なりとも外への広がりを意識した作品展開もしてくれることを、ほんの少しだけ期待しておきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?