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フランク・ザッパと「ルイ・ルイ」のmeme

 生前に60枚以上のアルバムを発表し、ドゥーワップから現代音楽まで多彩な曲を作り、引くくらいド直球な下ネタを含む歌詞を書き、歌詞検閲団体PMRCに真っ向から立ち向かうなど社会派としての面も持っていた20世紀のポピュラーミュージック界の巨人、フランク・ザッパ。今回は彼と「ルイ・ルイ / Louie Louie」というスタンダードナンバーの関わりについて書く。

「ルイ・ルイ」、謎めいたスタンダードナンバー

「ルイ・ルイ」はリチャード・ベリーによるロックンロールナンバーであり、聴いてもらえば分かるが実にシンプルな構成の曲である。「デデデッ、デデッ、デデデッ、デデッ」というこれ以上何も引けないほど単純なリフは一度聴くともはや頭から離れず、実際リチャード・ベリーのグループがツアーをした場所のバンドはこぞってこの曲を演奏し出したらしい。

 そして、キングスメン / The Kingsmenというバンドがこの曲をカバーしたことにより、「ルイ・ルイ」は決定的な知名度を獲得することになる。「ルイ・ルイ」のWikipediaの記事に詳細な記述があるが、彼等は相当劣悪な環境でレコーディングを行わざるを得なかったとのことで、確かに聴いてみるとかなりローファイな響きである。ギターソロの後にボーカルが入るタイミングを間違っているのが嫌な意味でリアル過ぎる。しかしこの演奏は結果的にガレージロックの文脈から評価されて大ヒットとなり、「ルイ・ルイ」に関してはむしろこのくらい崩したスタイルの方が好ましく受け取られるという逆転現象をも引き起こしてしまった。

「ルイ・ルイ」は他にもオーティス・レディング、ザ・ビーチ・ボーイズ 、ザ・キンクスといった伝説級のビッグネームが取り上げており、中でもパンク界のゴッドファーザーとして知られるイギー・ポップは嘘か真か、キングスメンの「ルイ・ルイ」を聴いてバンドの結成を決意したというのだからその影響力は凄まじい。また、カリフォルニアのFMラジオ局では63時間「ルイ・ルイ」のみをかけ続けるという狂気の企画が行われたこともあったとのこと。この異様な人気ぶりを見るに、もはやルイ・ルイは単なるスタンダードナンバーを超えて、半ばミーム的にロック界に根を張っていった存在といえるのではないだろうか。

フランク・ザッパ、「ルイ・ルイ」に取り憑かれた男

 そのミームに取り憑かれた男の一人がフランク・ザッパである。Information Is Not Knowledgeという海外のファンサイトのデータを見るに、ザッパは引用も含めると生前の作品だけで15回以上は「ルイ・ルイ」を演奏しているらしい。ここではそんな「ルイ・ルイ」狂いのザッパによる演奏の一端を紹介しようと思う。

Plastic People from "Absolutely Free"

Ladies & Gentlemen... the PRESIDENT of the UNITED STATES!
He's been sick.

 ザッパのポップなコラージュ感覚が楽しめる初期の名作「Absolutely Free」のオープニングを飾る曲。賢明なる読者諸氏ならお気付きだろうが、この曲は明らかに「ルイ・ルイ」を下敷きにしている。ちなみに同アルバムに収録されている「Son Of Suzy Creamcheese」のリフもまんま「ルイ・ルイ」のそれだ。また、この作品では現代作曲家のイーゴリ・ストラヴィンスキーの曲も「春の祭典」「ペトルーシュカ」等が引用されており、「R&Bと現代音楽を同列の存在として親しんでいた」というザッパの特異なパーソナリティが垣間見える興味深い内容となっている。
 なお、「You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 1」というライブ盤にはこの曲の1969年の演奏が収録されているが、ライブということもあってかここでは殆ど替え歌の様相を呈していて面白い。

Louie Louie (At the Royal Albert Hall In London) from "Uncle Meat"

Ah! I know the perfect thing to accompany this man's trumpet.
None other than... The Mighty & Majestic Albert Hall Pipe Organ!

 ロイヤル・アルバート・ホールといえばナイス時代のキース・エマーソンの過激なパフォーマンス(蹴り飛ばしたオルガンの上にアメリカ国旗を置いて着火する)に激怒してロックミュージシャンを締め出したことが(一部の界隈では)有名だが、ザッパはそんな場所のオルガンで「ルイ・ルイ」の演奏を敢行している。残念ながら音質が悪く何をやっているのかよく分からないのが玉に瑕だが、まさにザッパ史に残る歴史的瞬間の記録といえるだろう。

When Irish Eyes Are Smiling from "The Best Band You Never Heard In Your Life"

 ザッパが曲中で「ルイ・ルイ」を引用するパターンの典型的な例。この曲はオリジナルではなくカバーだが、シレッと「ルイ・ルイ」の例のリフを混ぜ込んでいる。こうした引用は「Florentine Pogen」や「Magic Fingers」といった曲でも見られるが、「ルイ・ルイ」に限らずコラージュめいて織り込まれたスタンダードナンバーを探すのはザッパの曲を聴く上での楽しみの一つといえる。

"TERRORIST ACTIVITIES"

C. Have you ever been or are you now involved in espionage or sabotage; or terrorist activities; or genocide; or between 1933 and 1945 were you involved, in any way, in persecutions associated with Nazi Germany or its allies?

 晩年のザッパはアンサンブル・モデルン / Ensemble Modernというドイツの室内楽団と共演し、ロックからは離れて彼が言う所の「シリアス・ミュージック」を追求していた。その時期のライブ盤にして彼の遺作となった「The Yellow Shark」には、「Welcome To The United States」という曲が収録されている。この曲はアメリカの出入国カードを皮肉っており、ナレーターがカードの内容を読み上げるのに合わせてオーケストラが人を食ったような演奏を披露するのだが、「あなたはテロ活動に関与したことがありますか?」という下り(上記の動画の5:22~)で演奏されるのが、まさに今まで語ってきた「ルイ・ルイ」なのである。

 何故「テロ活動」という言葉に対応するのが「ルイ・ルイ」なのか? それは単に、アンサンブル・モデルンのような実力あるオーケストラが大真面目に「ルイ・ルイ」を演奏することは一種の「テロ」であるという諧謔なのかもしれない。ただ、自分はそれだけではないと思う。ここでの「ルイ・ルイ」はザッパであり、「テロ」とはザッパの音楽活動そのものなのだ。

 ザッパは52歳という若さで亡くなったが、それでも25年以上の活動を休みなしに続けてきた。その間にザッパの音楽性は目まぐるしく変化していったが、しかし彼はユーモア精神はどの時期でも決して忘れなかった。70年代以降のザッパのバンドは恐るべき難易度のオーディションを突破した腕利きのミュージシャン達で構成されていたが、彼等は時には寸劇もこなすし、ザッパの下ネタにも乗るし、下世話なギャグも飛ばす。曲の中で唐突に「ルイ・ルイ」のフレーズを放って聴衆を盛り上げるといった行為も、突き詰めればその精神の賜物であるといえよう。そしてザッパは己の身に逃れられぬ死が迫っていることを自覚してなお、オーケストラに「ルイ・ルイ」を演奏させて観客を湧かせたのである。彼はそうした半ば業にも近い自らのエンターテインメントに徹する姿勢をシニカルに、また一方では肯定的にも捉え、「ルイ・ルイ」を、ひいては彼自身の活動を"TERRORIST ACTIVITIES"に例えたのではないかと、自分は考えている。

 そしてそれとはまた別に、ザッパはやはり「ルイ・ルイ」が好きだったからこそ、最後の舞台でもこの曲を取り上げたのだと思う。結局は先にも述べたように、彼が敬愛するエドガー・ヴァレーズやストラヴィンスキーの「シリアス・ミュージック」も、「ルイ・ルイ」のような「コマーシャル・ミュージック」も、彼にとっては等しく「最高の音楽」だったのだろう。

Information is not knowledge
Knowledge is not wisdom
Wisdom is not truth
Truth is not beauty
Beauty is not love
Love is not music
Music is THE BEST...

- 「Joe's Garage」収録曲「Packard Goose」より メアリーの語り

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